三十二話
「ありがとう。じゃあ、向かいましょ」
思うところはあろうとも、ロジュスが魔に迎合する者を嫌悪しているのは間違いない。
意思が完全に一致したとは言えないが、目的に齟齬は生まれないので問題はないだろう。
「で、その闇市ってのはどうやって行くんだ?」
「ええっとね……」
店主に貰った地図を取り出し、改めて見てみる。
「あ、本当に王都から近そう」
「というより、外壁のすぐ側ですね。地下だという話ですから、あまり人目に付かないというだけでしょう」
一応隠れてはいるが、ほとんど公認の秘密、といった気配がある。
「んじゃ、まずは場所を確認しに行くか」
「そうね。きっと適度に分かり難いはずだし」
物の売買をしている以上、新規参入者も完全に拒みはしないだろうから、言い訳程度の隠れ方だとは思っているが。
地図を懐に仕舞い、王都を出る。
入るときは数時間待ちになるが、出るときはそこまで厳しくない。
これから王都に入ろうという列を遡り、緩やかな坂を下っていく。そうして下りきってから、今度は外壁に沿って時計回りに歩いた。
闇市があるのは町の北側、海に面した方角だ。
「……この辺りのはずよね?」
「そのはずだが」
ぐるりと見回してみても、目に入る人工物は補修のための資材が壁に立てかけられているぐらい。後は刈るだけ定期的にやっています、という様子の草原だ。
「あ、あの辺、怪しくない?」
間違い探しよろしく、全体を見渡すようにして眺めたのがよかったのか。コーデリアは一見周囲に埋没しそうな景色の中に変化を見付けた。
他の草に比べて、やや緑が濃い。と言っても目的を持って探さない限り気にも留めない誤差だったが。
「どれどれ、っと」
そして一度認識すれば明確な差でもある。付近を調べるために近付いて、すぐに分かった。
人一人が通れるぐらいの円形の穴の上に、軽い板が乗せてある。どかしてみれば丁寧に木製の梯子までかかっていた。
周囲の草の色が少し濃いめだったのは、目印として意図的に植えられたせいかもしれない。
「見付けたら入っていいよって感じね」
「ただし安全は保障しない、という注釈付きではあるでしょう」
「ま、敵視されるような騒ぎを起こさなきゃ大丈夫さ。俺たちなら」
いざとなれば実力行使で逃げられる。その必要が生じるかもしれない、というぐらいの心構えはしていくべきだろう。
「結構あっさり見付けちゃったから、まだ夜までは時間あるけど。入ってもいいのかしら」
「いいんじゃね。別に夜しかやってないわけじゃないだろ。賑わうのは夜だと思うけど」
人目を忍びたいような人物が訪れやすい時間帯上、自然とそうなる。
「では、行ってみましょうか」
「俺から行く。で、ラス、コーデリアの順で行こう」
「分かったわ」
「はい」
何が起こると決まったわけではないが、警戒感を煽るのには充分な造りだ。
梯子を下りた先は一応だけ均された土そのままの壁と床。一本道の通路が続いていて、やはりひと一人分の通行しか許さない狭さだ。
湿気を含んでひんやりとした土の通路を、気配を探りながら進んでいく。灯りが掲げられてもいないので、すぐに視界は利かなくなった。
(でも間違いなく、この道を通った先に人がいる)
そして唐突に終わりが来た。
突き当りの壁に行き当たったと思ったら、左右に道が分かれて続いている。そして閉ざされた華美な扉の先から、明かりが漏れ入ってきていた。
どうやら直線状に壁を置いているのは、通路に光が入るのを遮るためらしい。念入りなことだ。
左側の道から通路を抜ける。と、そこはもう別世界だった。
「……」
果たしてここが地下なのかと、呆れてしまうほどだ。
剥き出しの土だった壁や地面は煉瓦や石で舗装され、色を揃えて模様まで描き上げる余裕ぶり。
陽光が取り入れられないため、短い間隔で掲げられている灯りの数がとにかく多い。安価な火を使うタイプではなく、錬金術によって作られた、マナを変化させて光を生んでいる。これだけでも設備にかかった費用は結構なものだろう。
地上のような店舗はなく、入り口手前には地面に布を敷いて商品を並べる簡素な店、中頃には屋台。奥にはテントで目隠しをした店と、一定のルールが存在しているのが感じられた。
そしてロジュスが見越した通り、昼でも営業はされている。空いている場所も少なくないが、ちらほらと店も客も見受けられた。
「おおっと、これはこれは、お客さん!」
「わっ」
辺りを見回していると唐突に死角から声を掛けられて、驚いた声を上げてしまった。
心臓には悪かったが、相手に警戒させない、という点では良かったかもしれない。
「お客さん、見ない顔だ。さては新顔だね?」
半身を捻って両手の親指と人差し指で相手を示すという、無意味な上若干馬鹿にされている気配さえ漂う態度。
初対面だというのに、コーデリアは軽い反感まで覚えた。
年の頃は十五、六。コーデリアと同じぐらいだろう。
顔は全体を白塗りで面相を誤魔化し、右目を覆うように黄色い星が、左の頬には赤いハートマークが描かれている。
緑を基調にしてオレンジのラインが入った派手な衣装は、完全に道化のそれだ。
「貴方は?」
「俺はエクリプスだ。見ての通りの『緑の月蝕』。こちらの闇市、その名も『貴人の庭』で案内人を務めている者さ。慣れないお客さんに安全を提供する代わりに、小金を貰う。どうたい? 悪い話じゃないだろう」
「それは、効果あるの?」
聞いてから後悔した。騙すつもりだと答える詐欺師はまずいない。
「あるともさ! 俺たちエクリプスが案内中の客には手を出さない。これは運営のルールだ。破ったらヒドいことになるから皆守る。だから安全なのさー」
明るく元気に、堂々と。自信たっぷりにエクリプスは肯定する。
「……どうする?」
こういう場で、こういった案内人が必要なのかどうか。コーデリアには判断付かない。
意見が聞きたくてラースディアンとロジュスを振り返った。
「ちなみにいくらだ?」
「金貨一枚だよん」
「それは小金じゃねえよ」
即座にロジュスは言い返した。同感だ。
しかしエクリプスは怯むことなく、人差し指を一本立てて軽く振る。
「ちッ、ちッ、ちッ。自分たちの命の値段ともなれば、金貨一枚ぐらい小金も小金だろう。ついでに言うなら、金貨一枚を出し渋る懐具合ならここにきても無駄だよ。硬パン一つ買えやしない」




