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二十九話

「私はラースディアンと申します。あなたの名前を伺ってもよろしいですか?」

「アデュールだ。アデュール・ソムーリ」

(あ、やっぱりソムーリさんの血縁だったのね)


 初対面の時の連想はただの思い込みだが、間違ってはいなかったようだ。

 目的は違うが、会うべき人物の一人は同じである。アデュールの案内の元、コーデリアたちは屋敷の中へと入った。


 扉を潜った先の床は一面、磨き抜かれた大理石。金銭的に、そして華やかさで目を引く様相は、素人目には城の床にも負けていない。


 陳列は空間を贅沢に使ったものとなっており、並べられた机の間隔が広い。天板の上に赤の敷布を掛け、乗せられたガラスケースの中に一点ずつの商品を置く、という形になっている。


 アデュールにとっては見慣れた光景。店舗部分をさっさと抜け、奥の扉を開いて廊下に出ると、迷わず階段を上っていく。


 二階に上がると、床材は木になった。とはいえ深みのある艶が贅を主張しているのは、石材と然程変わらない。


「――父さん、いる? お客さんだよ」


 扉をノックしたアデュールが声を掛けると、すぐに開かれた。開けたのは執事らしい中年男性で、主であるソムーリは部屋の奥にある机から一行を見ていた。


「何だ、アデュール。お前が案内してきたのか。失礼はなかっただろうな?」

「も、もちろんさ」


 肯定の言葉は頼もしいが、アデュールの瞳は泳いでいる。息子の明らかな嘘にソムーリは溜め息をついた。

 それからコーデリアたちへと顔を向け直し、接客用の笑顔でにこやかに笑う。


「おお、やはり貴方がたでしたか。いやいや、そちらから訪ねてきてくれるとは、ありがたいものですな。ささ、どうぞ近くに」


 とりあえずは、歓迎して話を聞いてくれるようだ。

 いう通りに、話すのに適切な距離まで歩み寄ると、絶妙の間合いで言葉を続ける。


「本日はどのようなご用向きで?」

「私たちの用件の前に、ご子息のことで少しお話があります」

「はて。我が愚息が何かをしましたかな」


 早速自分のことに話が及んで、アデュールの背筋がピンと伸びた。表情も強張っている。


「ご子息が街へと出かけていることはご存じかと思います。そのことについてご両親と話し合うべきと思い、同行願いました」

「話し合いか。確かに重要だ。ようやく己の意思を言葉にして、相手を説く必要に気付いたか。よいぞ、アデュール。儂に言いたいことがあるならば言ってみろ。そして儂の話を聞け」


 息子の成長が嬉しいらしく、ほくほくとした笑顔でソムーリは話を促す。

 どうも、甘やかしている気配がある。


「父さん、俺、勉強は面倒だしつまらないし、嫌いだ! いつか役に立つって皆言うけど、だったらいつか役立つことより今すぐ役立つことをした方がいいじゃないか。だから俺、灰の騎士を捕まえに行きたい!」

「なるほど、お前が灰の騎士を捕まえられるほどの能力をすでに持っているのなら、言う通りかもしれん。しかしその力がなかったら? 無暗に追いかけてフラフラと時間を浪費しただけとなるな。将来役立つ勉強や訓練をしていた方がずっと効率的だ」

「捕らえられればいいんだろ?」


 そこから先は可能性の話だ。やってみなければ分からない――と言いたいところだが。


(まず無理だし、危険だし……)


 普通は、止められる。


 だがソムーリは可能性の高い低いで息子を説得できるとは思っていないようだ。主張を聞いた後、静かにうなずく。


「良かろう。では、まず一週間やってみなさい。そして儂に成果を報告するのだ。もし何の成果も挙げられなければ、それは行動するための能力が足りておらず儂の言った時間の無駄が正しかったわけだから、勉学に励むこと。これは約束だ、良いな」

「わ、分かった。でも一週間は自由に探していいんだな」

「そうだ」


 ソムーリがうなずくと、アデュールは顔を輝かせた。


「よーし。じゃあ今日はもう使える時間が減ってるから、明日からだ!」

「よいぞ。では、今日はきっちり勉強しなさい」

「うっ。はーい……」


 嫌そうな声を上げたが、逆らうだけの理由は見付けられなかったようで、アデュールは肯定の返事をした。


 足取りは重かったが素直に従ったのは、翌日からの冒険が希望になっているためだと思われる。


「やれやれ。もう少し地に足を付けてもらいたいものだ。――アデュールとは街で会ったのですかな」

「はい」


 父の悪評を軽減させるため――というのがアデュールの真の目的だが、彼はそれを口にしなかった。


 ソムーリの商いのことなど全く知らないコーデリアたちが口にできる話でもない。ついでに言うなら、悪評を気にかけて改善を働きかけられるような仲でもなかった。


「然様でしたか。あなた方のおかげで息子は少し賢くなったようだ。感謝します」

「微力ではありますが、良き方向へと向かう一助となれば嬉しく思います」

「神官殿は、昨今蔓延る金の無心ばかりをする生臭神官と違って、実に聖職に就いた方らしいようですな」


 ラースディアン個人へは感心したような口調で言ったが、神殿全体に対しては不信感が強いようだ。


(マジュでは、そんなことなかったけど)


 王都の神殿というのは、そんなにも金銭に汚いのだろうかと思ってしまう。


「さて。では改めて、あなた方の用件を伺いましょう」


 いよいよ、本題だ。


「ソムーリ殿は大商人だと伺いました。ここ最近で、怪しげな取引の話を聞いたことはありませんか」

「怪しげ、ですか。ううむ。そう言われましてもな」


 言い方が幅広かったせいだろう。ソムーリは困った様子で顎を撫でた。


「怪しげというだけであれば、一日かけても語り尽くせない取引がありましょうな。そしてその間に、新たな話が持ち上がる。あまり声高に話す内容でもありませんが、ここは王都。人が集まる所には、それだけ厄介の種も集まるものです」


 人が集まるのと犯罪が増えるのは、決して直結した理由にはならないはず。だがなぜか事実として、ソムーリの言う通りだった。


「では、魔力を帯びた鉱石の取引はどうでしょう。それと生物の内臓の非合法な取引の話など」

「おお、それぐらい具体的であれば、話せることもありましょう。魔物か、もしくは人か――食用以外の肉の話ならば、地下のスラムや闇商人がよろしいでしょうが、お勧めはしません。鉱石の方がまだ安全でしょう」


 言いながらソムーリは机から白紙を一枚取り出し、さらさらと何事かを書きつけた。

 そしてインクも乾ききらないそれをコーデリアへと差し出す。


 話を中心で進めているのはラースディアンだが、ソムーリは一行の中心がコーデリアであることを疑っていない。その証拠と言える。


「こちらをどうぞ。商業区で鉱石を商う『テムブラ』という店の主人にお見せください。きっと力になってくれることでしょう」

「いいんですか?」


 怖いほどの厚遇ぶりに、コーデリアはむしろためらった。


 ソムーリは商人だ。しかもどちらかと言えば明確に、あくどい方に入る。何かしらの利がなければ労力は払うまい。

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