二十八話
予定のある客しか受け付けない、という商売の仕方は自由だ。だが態度の悪さの理由にはならない。
(勤めている人がこれだけ横柄なら、主であるソムーリさんの評判が悪いのはうなずけるわ)
下の者の行いは、まま上の者の評価となる。役職の采配を行っているのだから当然だ。
諦めて帰りたい気持ちが沸き上がったが、ぐっと堪える。
「でも、興味を持って話を聞いてくれるかもしれないわ。アルディオ様の屋敷の前で会った者ですと、ソムーリ殿に伝えてもらえませんか」
「何だ、貴族の使いか? それならそうと言え」
「しかし、アルディオ様はそう羽振りが良い方じゃない。うちの商品なんか買えるか? 借金の申し込みなら分かるがな」
肩を竦めつつ、失礼な言葉を次々と放つ。再度帰りたい気持ちが沸き上がったが、耐えた。
「まあ、一応話してみてやる。ここで待っていろ。間違っても、押し入ろうなどとは思うなよ? そいつらはただの犬に見えるかもしれんが、何とある伝手から入手した合成獣だ」
どことなく自慢げにそんなことを言う。コーデリアたちの立場上嬉しくはないが、有用な魔物を飼う人間はいる。
番犬として飼われている普通の魔犬だとばかり思っていたので、門衛の得意げな言い様に驚いた。
そして驚くだけで済まなかったのがラースディアンだ。
「命を歪め、弄ぶ行いは禁則事項のはずですが」
「そいつは人間や動物の話だろう。魔物は入っていない」
「……」
門衛の言葉は正しいのか、ラースディアンは反論しない。物凄く不快そうではあるが。
「空神聖教は魔物の権利なんか語りはしない。そうだろう、神官様? だってこいつらはただの討ち滅ぼすべき敵じゃないか」
言いながら、門衛は魔犬の頭を撫でた。そこには有用な存在への親近感程度のものは感じ取れる。
少なくとも、彼らにとってコーデリアたちよりも魔犬のキメラの方が大切なのは間違いあるまい。
「そういう訳だ。別に違法でも何でもない。だから妙な気は起こさないで大人しく待っててくれよ。――じゃ、行ってくる」
「おう」
一人を残し、門衛は屋敷の中へと入っていく。
キメラたちはよく躾けられているようで飛び掛かってきたりはしなかったが、二頭とも毛を逆立て、ともすれば唸り声を上げて威嚇してきそうな瞳でコーデリアたちを見ている。
自分たちにとって敵であるのが分かっているのだ。
「どう、どうどう。あんたらよっぽど嫌われてるんだな。こいつらがこうも落ち着かないのは珍しい」
「光栄ですね」
魔物に敵視されるということは、それだけ聖神に近しいということだ。感心した門衛の言葉に、ラースディアンは素っ気なく応じる。
そうこうしているうちに、中に入ったもう一人が戻ってきた。
「お会いになるそうだ。良かったな」
「そうか。じゃあ通っていいぞ」
許しは得たものの――若干後悔の気持ちを引きずりつつ、コーデリアは敷地の中へと足を踏み入れた。
おそらく、ラースディアンもロジュスも似たような心境だろう。
そうして庭に入ってすぐ。
「とぉー!」
子どもの、気合を込めた掛け声がした。
(今の声……)
聞き覚えがある。
「こらっ、待て! 逃げるな、ちゃんと戦え! 訓練にならないだろー」
「無理です。痛いの怖いし……っ」
背丈と筋力に合わせて作られた軽量の木剣を振り回しながら、先日見かけた子どもたちが駆け回っていた。
正確には、身形のいい少年が嫌がる少年を追いかけ回し、少女が涙を浮かべながら心配そうに見ている、という状況だが。
「ラスが言ったこと、頭からすっぱり抜け落ちてるみたいね」
「もしくは他者を心の底から気にかけない奴ってことだ」
どちらにしても、好んで付き合いたい人柄ではない。
「――少年」
「何だよ? ――あっ、昨日の変な神官!」
覚えてはいたらしい。少年は立ち止まると、ラースディアンを睨み付けた。
「お前のせいでアマンダに捕まって、大変だったんだからな! 謝れ!!」
「真に私に非があるのなら、無論、謝罪しましょう。貴方の『大変なこと』とは、なぜ私のせいで起こったのですか」
「え、えっと、お前が話しかけてきて立ち止まってたから、アマンダに見付かったんじゃないか」
「アマンダとは、貴方を連れて行った女性ですね」
「そうだ!」
話の流れ上、おそらくそうだろうという部分を、念のために確認しておく。
正確な認識の共有は大事だ。一致していなかったり間違っていると、話が話として成立しなくなる。
「アマンダ殿に見付かって大変だった理由とは、何でしょう」
「それは、勉強をサボって灰の騎士を捕まえに行ってたから」
「勉強をするべき時間を削ってでも追うべきと思ったのであれば、貴方はまず、家人を説得しなくてはなりません。どれだけの時をかけようとも、理解を投げ出してはならないのです。なぜならばその諦めの果ては、互いの存在さえも許容しない、凄惨な世でしかないからです」
「はぁ……?」
その繋がりが想像できないらしく、少年の反応は鈍い。
「貴方はきちんと、己の意思を伝えましたか? そして相手の意見を聞き、考えましたか? 話し合いはその先です」
「だ、だってどうせ聞いてくれないし」
「分かりました。では、今から話しに行きましょう」
「ええ!?」
先ほどから尽くが少年の想定外らしく、すでに最初の勢いはない。追われていた少年も少女と寄り添って事の成り行きを見ている。
「貴方が説得するべき方の所へ案内してください」
「う、うん……?」
少しだけ首を傾げつつ、少年はうなずく。
そして事態が飲み込めると、徐々に瞳に期待を浮かべ始めた。
「話したら、父さんも母さんも勉強しなくていいって言ってくれるかな」
「それは話してみなければ分かりません。しかし私はご両親が何を言おうと、勉強は続けるべきだと思います。得て損をする知識などありません。許される限り、学んでおいた方が良い。いつか貴方自身を助けてくれるでしょう」
「えー」
実感を得る体験をしたことがないせいだろう。少年は期待外れそのもの、という声を出した。




