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二十二話

 屋敷に入ったコーデリアたちは、まだ慣れない廊下を歩いて各々に宛がわれた部屋へと戻った。


 部屋に付き、旅の荷物を片付ける途中で蜂蜜に到達。はっとして瓶を両手で持ち上げると、じっと眺めた。

 買えば結構な値がするだろう、充分な量が入っている。


(何を作ろうかしら。やっぱりここはまず、がっつり蜂蜜を味わうためのハニーケーキを……)


 蜂蜜を使うお菓子は数多あるが、主役として味わいたい。そんな気分だ。


(お疲れ様の意味も込めて、皆に作ったらいいかも? ……だってこれは、わたしたちが今やっていることが無意味じゃない証だもの)


 考えながら思い浮かべたのは、ロジュスの顔だ。

 彼は憤っていた。そして同時に落胆してもいた。人そのものに対して。


(レフェルトカパス神を信じてるロジュスには悪いけど、わたしは女性の気持ちも分からなくはない)


 事実、神の存在は遠すぎる。恩恵を実感できずに信仰し続けるのは難しいのだ。脅威が傍らにあれば尚のこと。


(でも、成したことは返ってくる)


 この蜂蜜は、物品の形で返ってきた分かりやすい例だと言えよう。


(わたしたちが魔物を倒して。神の存在が近付けば、人の意識もきっと変わる)


 コーデリア自身は特別に強い信仰心は持っていない。だが自分に力を貸してくれている聖なる存在は感じていた。魔物の天下を変えたい気持ちもある。


 諸々の事情から、コーデリアはレフェルトカパス神への信仰を篤くしたいとは思っていた。きっとそれはロジュスも望むことだし、そのための手段として実利を見せるのは必要な過程だ。


(打算尽くしなのが、ロジュスにはもう面白くないかもしれないけど)


 真実の信仰とは言えまい。それでも、返っては来る。

 それを希望にしてはもらえないだろうかと、コーデリアは願ったのだ。




 夜になり、城が行政機関としての役割を終えると、アルディオが帰宅した。

 コーデリアたちが戻っているのを知って、彼はすぐに三人を会議室へと招集する。


 揃ったコーデリアたちを見て、アルディオは嬉しそうに笑った。


「よくやってくれた。迅速な解決に感謝する」

「まー、単純な討伐だったからな。証拠は確認しなくてもいいのか?」

「ああ、そうだな。後で魔討証を確認させよう。だが疑ってはいない。君たちが戻ってくる少し前に、森の魔物がほぼいなくなったと報告が来ている」


 コーデリアたちも寄り道はせずにまっすぐ帰ってきたつもりだが、連絡はそれより早く渡ったらしい。


「いやはや、助かった。王都の近くで魔物をのさばらせておく訳にはいかないからな」

(そこは、王都の近くじゃなくても問題にしてほしいんだけど……)


 手放しで喜んでいるアルディオには悪いが、少し複雑な気持ちになる。


 アルディオに悪意がないのは分かる。しかし当然のように差をつけて考えてしまうところが、すでに平民を差別している証だ。あまりに常識で、無意識の行いなのだろうが。


 コーデリアの住むマジュの町は王都から近いとは言えない。余計に面白くない気持ちになる。

 軽視されているのを知って喜ぶ人間はあまりいない。


「お役に立てて何よりです。――ときに、お願いしていた件はいかがでしょうか?」


 反感を感じたコーデリアが咄嗟に答えられずにいると、代わりにラースディアンが穏やかな口調で応じた。

 ほっとする。


「資料の件だな。安心してくれ、許可は頂いてある。ただ、私が監督して同席することにはなるが」

「分かりました。お手数をかけますが、よろしくお願いします」

「何、それぐらいどうということはない。今は君たちの力となることが最も重要だ」


 言った通り、アルディオはコーデリアたちの要請を後回しにすることなく動いてくれている。誠実な人柄であるのも確かなのだろう。


「それと、才識者の方はいかがでしょうか」

「そちらはまだいらっしゃっていない。誰に気取られることもないよう、慎重に動いているのだろう」

(残念)


 その二つに区切りがつけば一度マジュに戻ろうと考えていたコーデリアは、思った以上に自分が落胆したのに気付く。

 自覚以上に家を恋しく思っているらしい。


「ん、どうかしたのか?」


 コーデリアの様子に気が付き問いかけてきたアルディオの心配そうな様子に、慌てて首を横に振る。


「いえ。大したことではないんですけど、もし急ぎの件がないのなら、一度マジュの町に戻ろうかと思っているんです」

「マジュにか? なぜだ?」

「両親に報告があるんです」

「……ううむ」


 アルディオはやや難しい顔をした。

 彼の立場からすれば、コーデリアには一分一秒を惜しんで腕を磨くことに専念してほしいだろう。


 だが同時に、精神状態が肉体にもたらす影響も理解している。

 無理矢理挑ませても勝機はない、と判断したらしく、アルディオはうなずいた。


「分かった。しかし用が済み次第、王都に戻ってくるように」

「はい」


 正式に許可を得られたことに、コーデリアはほっとした。


「そう言えば。先程町で『灰の騎士』なる者の噂を聞いたのですが、アルディオ殿はご存じですか?」

「ああ。中々派手に飛び交っている噂でな」


 眉を寄せ、苦々しく答える。


「禍招の徒の一派だろう。奴らの痕跡の残る現場で、事前に目撃された例が少なくない。捕らえることのできた禍招の徒から聞き出したところによると、『自分は灰だ』と言っていたという」

「灰……」


 どのような意図で言った単語であるのか、想像がし難い。


「嘆かわしいのは、王宮に勤めている騎士だなどという流言が飛び交っていることだ。近いうちに捕らえて、下らない噂を一掃しなくてはならない」


 ――それは本当に、ただの噂で済むのか。


 可能性を考えてさえいない様子のアルディオを見て、そんな疑問が浮かんでしまう。

 思わず口を突いて出そうになった質問は、寸でのところで飲み込んだ。


 アルディオは噂だと断言している。真実はともかく、聞いたところでアルディオからは否定しか返ってくるまい。


 ただ悪感情を買うだけの行いとなるだろう。無意味だ。


「……そうですね。禍招の徒は放っておけませんし……」

「その通りだ」


 どちらにしろ、敵であるのは間違いない。

 疑念は脇に置いておいて、コーデリアは互いに合致できる部分だけを口にした。

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