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十九話

 二階に上がったコーデリアとラースディアンは、それぞれの部屋に戻る。そして数分後、鏡を持ったラースディアンと部屋の中で向かい合った。


「映します」

「お願い」


 向けられた鏡面に、コーデリアの姿が映る。その背の後ろに以前見たときと同じように光が投影された。

 しかし以前とは明確な変化がある。


「っ……」


 意を決してコーデリアが振り返ると、金緑の粒子は外縁をしっかりと作り上げていた。今はその内側で光が不規則に漂っている状態である。


 そして一部、もう動かずに定着して輝きを放っている粒子もある。そこはすでに呪紋として作り上げられてしまっているのだ。


(やっぱり、進んでる……)


 まだ完成には程遠い。しかし形が見えてきてしまった。


 覚悟はしていたつもりだが、実際に見せつけられるとやはり衝撃は大きい。コーデリアは焦りと恐怖で息苦しさを感じた。


「コーデリアさん」

「!」


 呼びかけられてはっと息を飲み、コーデリアはラースディアンを見上げる。急に息を吸ったことで、自分が正常に呼吸できることを体が思い出せた。


「どうか気を強く持ってください。まだ時間はあります。そして貴女は着実に力を付けている」

「……うん」


 深く息を吸って、吐く。そうしてもう一度、改めて禍刻紋を直視した。逃げてはならない、そんな気がして。


(あれ……?)


 そして奇妙なことに気付く。


 禍刻紋とは、過酷の主が生贄に付ける災いの証。当然、魔力に依るものであるはず。

 なのにコーデリアは、禍刻紋に魔力の圧を感じなかった。


 かと言って神力というわけではない。――呪力の正体が分からない。


(どういうこと……?)

「禍刻紋が気になりますか? いえ、正確には禍刻紋とは何であるのか、と言うべきでしょうか」

「そういえば前に禍刻紋を調べたときも、ラスは釈然としない顔してたわよね」

「はい」


 答えつつラースディアンは聖鏡を裏返して机に置き、禍刻紋の投影を切り上げる。

 いつの間にか入っていた力を意識して肩から抜き、コーデリアはベッドに腰かけた。


「良ければ座って?」

「では、お言葉に甘えて」


 コーデリアが手の平を向けて示した椅子を動かし、向かい合う形で腰を下ろす。


「ラスには禍刻紋の正体が分かる?」

「いえ、残念ながら。以前お伝えしたように、私の力ではその正体を見極めるのが難しいようなのです」

「そっか」


 当然、ようやく違和感に気付いたばかりのコーデリアが答えを導き出せるはずもない。


「王都に戻れば、アルディオ殿が過刻の主と歴代の英雄たちの戦いを記した資料を見る許可を得てくださっているかもしれません。あるいはそこには、すでに答えがあるかもしれない」

「そうだった。才識者の方とも連絡が付いてるかもよね」


 おそらくだが、才識者は多忙なわけではないだろう。存在が隠されているから連絡が付き難いだけだ。


「はい」

「……まだ少し先になるだろうけど、その二件が一区切りついたら一回マジュに戻っていい?」


 結果報告だけなら手紙だけでも充分かもしれないが、心情的に、両親とは顔を合わせて話をしたかった。

 もしかしたら新たに生じた不安が、余計に安心できる場所と人を求めているのかもしれない。


「ええ、構わないと思います。ついでにマジュ方面で丁度いい魔物退治ぐらいは提案されるかもしれませんが」

「それはむしろ願ったりね」


 一体でも多く魔物を倒せば、それだけ人々の安全性が増す。コーデリア自身の修練にもなる。


「力を付けるためにも、ね」


 どれだけ時が迫ってこようと、できることをするしかない。それもまた事実だ。

 コーデリアが決意と共にそう言うと、ラースディアンはほっとした表情を見せた。


「良かった」

「え?」

「悪しき変化を目の当たりにすれば、不安になるのが当然です。ですが貴女は焦って闇雲になるのではなく、事実を受け止めて最善を考えた。――貴女の強さを尊敬します」

「あ、ありがとう」


 尊敬、という大きな称賛に堪らない面映ゆさをコーデリアは覚えた。頬に血が上るのを抑えられない。


「禍刻紋が完成に近付いてるのは間違いないけど、それでもまだ時間はあるし。楽観的なのね、きっと」

「悲観的になりすぎないのも強さだと思いますよ」

「じゃあ、そういうことにしとく」


 認めてくれたことを、わざわざ否定するのも失礼だろう。


「疲れてるのに引き留めてごめんなさい。おかげですっきりしたわ。ありがとう」

「いえ、話してくださって嬉しかったです」


 聖鏡を管理しているのがラースディアンだから、禍刻紋の様子を調べたいと思えば当然話さなくてはならない。


 しかし異変を感じたときに、気のせいだと誤魔化して調べないこともできた。

 だがコーデリアは話して、訊ねた。それが事実だ。


(ラスは、大丈夫だと思ったのよね)


 禍刻紋がどのような状態になっていたとしても、きっと我が身のように一緒に考えてくれる。

 そう頭が言語化する前に、コーデリアの心は答えを出していた。


「では、そろそろ失礼します」

「あ、じゃあ鏡――」


 立ち上がったラースディアンに合わせてコーデリアも立ち上がり、少し離れた机の上に置かれていた聖鏡に手を伸ばす。


 中途半端に扉とラースディアンの両方に意識を向け、横着したのが悪かったか。


(わ、っと)


 掴み損ねて、慌ててしっかりと柄を握る。その際、鏡面が表を向いた。


「あ」


 呟いたラースディアンが映り込み、瞬間、部屋の明度が一段増す。

 ラースディアンの背後に生じた、金緑に輝く呪紋法陣によって。


「――っ!?」


 つい数分前に見たそれと、ほとんど変わらない色彩。二人揃って絶句して、淡く輝く呪紋法陣を見つめる。

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