十七話
「ああ。それも質の悪いやつだ。よかったなー、楽観して片付いたことにしなくて」
「本当に」
そうとなればもう迷わない。人のために整備された道からは少し外れて、不快さを訴えてくる源へと向かう。
人工の植林が減り、鬱蒼とした森へと姿が移って行く。一層濃くなった緑の香りの中、歩き難いほど伸びた草を踏みつけながら進む。
(奇妙な気配がなければ、自然が気持ちいいって言えるんだけど)
とてもそんな気分になれない。
そしてついに、元凶へと辿り着いた。
「これ……」
『それ』がここにできる前は、きっと周辺と同様に草木で覆われた地面だったのだろう。
そう言えるのは、明らかに『それ』を中心にして土が、草が、死んでいたから。黒い液体が染み込んで紋様を作っている呪紋法陣を真ん中に、土地が正円に枯れ果てている。
「日駆峠で呪いになった黒い液体に似てる……?」
「似てるっつーか、そのものだな」
「ということは、件の禍招の徒とやらが仕掛けたのでしょうか。どのような効果をもたらすものかは門外ゆえ分かりませんが……」
「多分、魔物を呼び寄せて支配下に置くための呪紋だな。この程度の練度じゃ範囲も限られるし力の弱い奴にしか効果は出ないだろうが」
地面に残った呪紋法陣を読み解き、ロジュスが答える。
その場景を、コーデリアは想像してみた。
森中から力の弱い魔物が集められて、支配下に置かれないながらもマッドフレイアーも誘われるぐらいの気持ちはあったかもしれない。
そこで元凶と鉢合わせして命令を拒んだ。だから魔馬によって殺された。自分たちより強い魔物が殺されるのを見て、他の魔物たちは命令通りに行動した――ということだろうか?
「魔物を支配下に置いて、村を襲わせようとした……ってこと? 蜂蜜の収穫を妨害するために……」
生活的には大事であるが、戦略的には大した効果を上げない気がした。
「まあ、計画した奴が蜂蜜にすげー恨みを持ってたらあり得るか」
「かつて蜂蜜を手にできなかった意趣返しですか。度は越していますし許されませんが、下らないとまでは言い切れませんね。何を大切に思うかは、個々によって異なります」
そして大切なものを踏みつけにすれば、恨みを買う。当然だ。
ただし、今回の場合は間違いなく度を越している。娯楽品を手にできなかったからと言って滅ぼそうなど、まともな思考ではない。
「言ってることは道理だと思うけど、二人とも本気で言ってないわよね!? 最初に悪ふざけしたわたしが悪かったけど!」
「バレたか」
ちろりと舌を出し、ロジュスは笑う。
「ロジュスが乗っかってくれたのは驚かないけど、ラスも乗ってくれたのにびっくりだわ」
「可能性としてはあり得ますから」
「まだやるの!?」
「可能性って話の中で一番あり得そうなのは、魔馬に協力してるって線だろうな」
冗談を切り上げて言ったロジュスに、コーデリアも表情を引き締める。
「俺たちが王都近郊に着いた時期と、村が脅かされた時期は一致する。近くで騒ぎを起こせば狙いの人物が近付いてくるって分かってたんだろ」
魔物撲滅派のラースディアンだ。近くで魔物が派手に行動をして人が苦しめられていると知れば、討伐に向かうのに不思議はない。
ただしそうと言えるのは、コーデリアたちがラースディアンという人物を知っているから出てくる発想である。
「魔馬はラス自身を知ってるわけじゃなさそうだった。なのに?」
「なのに、だ」
コーデリアの疑問を、肯定する形でロジュスはうなずく。
「……『聖王』ならそうするってこと?」
「俺はそう見る」
「そもそも聖王って何? どこかで使われてる役職名なの?」
「……さてなあ」
「ここで誤魔化す!?」
視線を明後日の方へと逃がしていきなり答えをはぐらかしたロジュスへと、コーデリアはつい、一歩踏み込んでしまった。
「誤魔化すっつーか、俺だって何でも知ってるわけじゃねーし?」
「今のは知ってる言い方だった!」
「そして答える気のない口調でした。諦めましょう」
確かに、口を割らせる手段が思いつかない。
魔馬に直接聖王と呼ばれたラースディアンの方が、コーデリアよりもずっと気になっているはずだ。
しかし先に追及を諦めたのは、当人であるラースディアン。
「いいの?」
「ええ。魔物が何を目論んでいようと、私が成すことは変わりません。そして今すぐ知る必要もないのでしょう。少なくとも、ロジュスはそう判断をした」
「……」
ロジュスは、コーデリアの協力者であることだけは断言した。そしてコーデリアもその一点に関しては信じることにした。
(信じるってことは、不安に負けないってことでもあるのね……)
話をしたコーデリアよりも、ラースディアンには覚悟があったのだろう。恥じ入る気持ちになる。
「まずはこの地を浄化してしまいましょう。すでに時間も経ち、効果は弱まっているようですが、わざわざ魔物を呼び寄せる仕掛けを残しておく必要はありません」
「うん。――手伝えることはある?」
「大丈夫です。すぐに済みますから」
言ってラースディアンは地面に膝を突き、両手の平を土に押し当てた。特に呪紋等を使うわけではなく、純粋に神力を流して地にわだかまる魔を飲み込み、消失させてゆく。
(聖王、かあ)
その清らかな響きは、確かにラースディアンの持つ呪力の美しさに相応しい気がした。
ただ性格はやや過激なので、あまり聖人という感じはしない。
「――終わりました」
「お疲れ様」
立ち上がったラースディアンが言う通り、地面からは綺麗に魔の気配が消え去った。
そして一番濃く魔力を放っていたと思われるこの場所の呪紋法陣を消しても、他に気付く異常もない。
「よし。だったら村に戻って報告して、王都に帰るか」
「そうしましょっか」
うんと大きく伸びをして、コーデリアたちは来た道を戻っていく。
途中、自分たちを脅かす害敵の存在が消えたのにようやく安堵した様子で、森の中に虫や動物、鳥の声が少し戻ってきていた。
「しかし、懸念は残りますね。もしあの魔馬と禍招の徒の間に繋がりがあるならば、この先延々、行く先々で先手を打たれて襲われるかもしれません」
「それは嬉しくないわね。どうにかできないかしら」
今回は撃退できた。だが毎回不意を突かれていては、遠くない未来に命を落とす。
「魔馬を倒すか、組織を倒すかになるとは思うのですが」
「国でさえ根絶できない組織を倒すのって、現実的かしら」




