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五話

 それからしばし歩いて、修練場へと辿り着いた。


 とはいっても、ぱっと見は何も置かれていない開けた庭だ。想像していたような、得物を叩き込むための人形がずらりと設置してあったりということもない。


「私たち神官にとって、魔を祓うことは徳の一つです。そのため町の外で魔物退治に従事することもありますが……。それほど力を入れているわけではないのが実情です。町は結界があって、安全ですから」


 町の外は魔物が跋扈していて大変危険だと聞くが、一歩たりとも外に出たことのないコーデリアにとっては、正しく別世界の話だ。


 巨鳥が現れるまで魔物の実物を見たこともなかった。マジュの町の住民の多くが、コーデリアと同じである。


「こちらにどうぞ」

「はい」


 案内されたのは、庭の隅に設置された小さな小屋だ。とは言っても、造りはしっかりしている。


 入ってすぐに目に入るのはベッドや薬品が収まっている棚。不慮の事故などで訓練中に怪我をした人などが使う治療室なのだろう。


 ラースディアンは更にその先にある扉を開け、中に入っていく。自然にコーデリアも付いて行った。

 奥の部屋にあったのは、訓練に使われていると思しき木剣などだ。倉庫も兼ねているらしい。


(野晒しじゃあ痛んじゃうし、遠くから持ってくるのは大変だものね)


 この、あるところに詰め込んだだけというやっつけ感。重要視されていないというラースディアンの言葉をひしひしと実感する。


 並んでいるのも剣や槍、弓といった一般的な形状の武器のみだ。


「まずは、剣から振ってみましょうか」

「はい」


 その中でも軽量に作られた木剣を差し出され、コーデリアはうなずいて受け取った。


(木だけど、結構重い……)


 すでに使いこなせる気があまりしない。


 コーデリアはその一振りを、ラースディアンは非力な者でも比較的扱いやすそうないくつかの武器を持って表の庭に戻る。


「ええと、じゃあ……」

「素振りなどを試してみてはいかがでしょうか」

「やってみます」


 何となくで柄を両手で握り、持ち上げ――振ってみる。


「……」

(違う気がする……)


 腕や肩の筋肉を鍛えるだけならどうにか可能かもしれないが、これが刃物になったとき果たして魔物が斬れるかどうか。


「……。どうでしょう?」


 訊ねるラースディアンの声にも、これならばという気配は微塵もない。


「まったく分かりません」


 コーデリアは正直に答えた。


 違和感しかない素振りだが、素人ならばそんなもので、続けていけば相応に扱えるようになるのかもしれない。


 あるいは、才能が一切なくて満足に使えるようにはならないのかもしれない。


 少なくとも手に持った瞬間に何がしかに目覚めたり閃いたりということはなかった。一切。

 だがそれでも一応諦めずに何度か素振りを繰り返してみたが、しっくりこない。


「これで魔物と戦える気はしません……」


 まして巨鳥を相手に刃を届かせるなど、夢のまた夢だ。ややあってコーデリアは手を止めて諦めた。


「そうですね……。では、槍ではどうでしょう」

「初心者に一番易しいって聞きますね!」


 木剣を置いて槍を受け取る。勿論刃先はない。


「ええと、こう……。突く感じですよね」


 物語などで語られる姿を参考に考えて、槍を突き出してみる。


(うーん。相手と距離が取れる分、現実的かもしれないけど)


 果たして動く相手に当てられるだろうか? というぐらいに長い得物を持て余す。


 続いて弓や、重さを変えたいくつかの武器を試してみたが、どれもこれならば使えるようになる――というような感覚は湧かなかった。


 どれも違う。そういう違和感だけはある。


(困ったわ……)


 やはり武才などないのではないか、と打ちひしがれる。


 もともと、選ばれていたのはコーデリアではない。ラースディアンが呪紋で皆を護って――と思い返したところではっとする。


「そうだ! 呪紋士としてならどうでしょう!」


 日々の生活にはやはり必要がなくて、触れてこなかった技能である。


「いえ、残念ですがコーデリア殿に呪紋の才はありません。保有呪力も少ないですし、属性適性も高い訳ではないようですから」

「そ、そうですか」


 コーデリアと違い、ラースディアンには心得がある。彼がきっぱりと否定したぐらいだから、コーデリアには相当に才覚がないのだろう。


(……ダメかも)


 巨鳥の元に辿り着くことさえ叶うかどうか。


(救いは、生贄になっても大した力にはならないだろうってことぐらいかしらね。ふふ……)


 自棄になった、乾いた笑いが唇に浮かぶ。


「これは、王都で適性検査を受けた方がいいかもしれませんね」

「適性検査、ですか?」

「はい。王都の神殿には才識者と呼ばれる、他人の才能を見抜く力を持つ者がいるのです」

「そ、そんな方がいらっしゃるんですか」


 初めて聞く話だ。


「それなら、子どもの頃に見定めてほしかったです」


 誰だって自分に適性のある――要は大成できる可能性のある道に進みたいだろう。


 子どもの頃に知っていれば、努力はより早くできるし、力も伸びそうではないか。国にとっても有益だ。


「しかし、危険でしょう? 特に遠方から訪れなくてはならない方は」

「あ」


 町の外、結界の外には魔物がいる。そして結界によって安全に護られて暮らしている市民は、魔物と戦う術など持たない。今のコーデリアのように。


「才識者の話が広まれば、コーデリア殿のように考える人は少なくないでしょう。なので、その存在は秘されることになったのです。彼の存在を知るのは『計るべき』と王が判断した一握りの者のみとなっています」


 国の要職に就く者などは、もしかしたらそうして調べられているのかもしれない。


「あまりに多いと、術者の負担も大きくなりますし」

「そうですよね……。すみません。考えなしに勝手なことを」

「いえ、誰しも最善を知りたいでしょう。自然な気持ちだったと思います」

「ありがとうございます。でも、それとこれとはまた別ですから」


 望んだこと自体に悪意はない。ラースディアンが言う通りだ。


 しかし悪意がないからといって、相手の迷惑を考えないようでは駄目である。反省するべき点はそこだ。

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