十一話
「俺の後ろにいろ」
「う、うん」
青年を背負い、戦闘には参加できないことが確定しているロジュスは、それでもジュノーを庇う立ち位置だ。その前にラースディアンが出る。
始めは遠すぎて一塊のように感じたが、違う。森の奥にいたと思しき魔物たちが、なぜか一斉にこちらに向かってきているのだ。
「な、なんで……!?」
まさかコーデリアたちが近いうちにマッドフレイアーを討伐しようとしている殺気を感じたわけでもないだろうに。
だがまるで、一行を追いかけてきたかのような行動ではある。
正確な理由は分からない。だが、コーデリアたちの後ろには村があるのだ。通すわけにはいかない。
(ここで止めないと)
急ぎ、ラースディアンが呪紋を構築する。集団の先頭がついに目視できるようになった。中心は獣型、植物型だ。
魔物の表情など分かるわけがない、と思っていたが。意外に分かることを知ってしまった。
魔物たちは必死だ。だからと言ってやることは変わらないが。
目の前に数人の人間たちが立ち塞がっていても、魔物たちは迷わなかった。速度も緩めず突進してくる。
(十や二十じゃきかないわよ!?)
一匹、二匹ならば防ぎきることは容易だろう。だがコーデリアは一人しかいない。一匹を相手している間に横を素通りされれば成す術がなかった。数は力だ。
しかし、呪紋は数の不利を時に覆す。
「地鳴震!」
世界に干渉したマナが、現象を引き起こす。局地的に大地が揺れ、何をしても止まらなさそうだった魔物たちの突進を強制的に止めさせる。
(今!)
大地の鳴動は続いているが、ためらわずコーデリアは動いた。むしろ足が止まっている今こそ数を減らさなくてはならない。
(一匹一匹を殴ってたんじゃ、埒が明かないわ。だったら――)
ホブゴブリンを屠ったとき、神力はコーデリアの拳を覆う形で発現した。あれをもう少し、違う形にできないだろうか。
(――できそう!)
頭の中で描いた呪紋法陣を、そのまま宙に呪力で描き上げる。
「輝拳!」
拳に光の神力を纏い、形を命じる。
「斬!」
薄く、鋭く。研ぎ澄まされた刀身がごとくに変化した神力を、指先を伸ばした手刀で振るう。
目標は樹木だ。蜂の生育のために大切に守られている環境の一部かもしれないが、魔物が雪崩を打って村に入り込むよりはマシだったと思ってもらおう。
半ばより少し深めに斬った木の幹を、魔物たちの進路を塞ぐように思い切り蹴り倒す。運の悪い数頭が圧し潰されて息絶えた。
だが、後ろにはまだ大量に控えている。倒れた樹木を乗り越え、なおも村へと向かおうとする魔物たちは――それでも、足並みを大きく乱した。
(手間取らなければ、何とかっ)
次から次へと飛び込んでくる様々な魔物たちを、コーデリアはほぼ一撃で昏倒させていく。
命を奪いきるまではできない個体も少なくなかったが、ラースディアンも展開の速い呪文を駆使してどうにか突破を許さなかった。
唐突に沸いた、嵐のような十数分を乗り切って、一行は息をつく。
「何、今の……」
「分かりません。しかしあの必死さ、まるで何かから逃げてきたような」
噂をすれば――というわけではないだろうが、再び尋常ならざる地響きに襲われて、身構える。
「コーデリア、ラス、上!」
「!!」
ロジュスからの警告は、頭上を振り仰いで確認するまでもなかった。覆い被さってきた影から逃れるために大きく飛びのく。
空から降ってきた『それ』は地面を大きく揺らし、自らの巨体による衝撃と落下の高さにより大穴を開けて地中までめり込んだ。
全身を血で染め、体の三分の一ほどを沈み込ませた巨体を持つ魔物は、どことなく熊に似ている。
「これって、例のマッドフレイア―?」
「おそらく。しかし一体何が……」
うろたえたコーデリアとラースディアンに応えるように、もう一体、空から魔物が降ってきた。ただしこちらは落ちてきたわけではない。
空中を駆けるように近付いてきて、滑らかに降り立ったのだ。
それは大まかに、馬の姿をしていた。ただしその足は八本。蹄の周囲にはキラキラと輝く虹をまとっており、体毛は晴れ晴れとしたスカイブルー。
蒼炎の鬣を燻らせ、瞬きをする度に気紛れな空模様のように色を変える瞳が一行を順番に見た。
そして最後に目を留めたのは、ラースディアンだ。
「強き、聖神の気配だ。貴様が神子として選ばれた聖王だな、神官よ」
声帯の作りはホブゴブリン以上に人と違いそうなのに、発された言葉は遥かに滑らか。よく見ると、人語は口から発しているのではないようだ。
周囲の空気を振動させて音を作っているらしい。
「私が……聖王? 何の話です」
「分からぬか。ならば丁度いい。ここで死ね」
ヴ、ヴ!
「!」
周辺の、空気さえもが圧に影響されて大きく震える。その源は魔馬が生じさせた呪紋法陣。
その数、背後に五つ。同時に出現して描き上げられていく。
「あ……ッ?」
目の前の光景に、ラースディアンは目を見開いて小さく声を上げた。何かに気が付いたかのように。
「それは。その呪紋法陣は、私の故郷を焼いた――……」
「え!?」
ラースディアンが発した言葉に、コーデリアは思わず彼の方を振り向いてしまった。
魔物への強烈な敵意。彼にその感情を与えた源が『それ』なのか。
振り向いたコーデリアの目に映ったラースディアンの表情は、これまで見たことのないものだった。
怒りと憎悪。そして悔恨、屈辱。様々な負の感情が入り混じっていて、どれも同等に存在している。
「貴様が、私の国を焼いたのかッ!!」
次に裂帛の気迫で放たれた声には、思わず背を伸ばしたくなるような、威容に満ち溢れた強さがあった。




