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十話

「大丈夫ですか。どこか怪我でも。具合が悪いのであれば、無理はせずに」

「大丈夫……。急に、痛いような気がしただけだから。もう収まったわ」


 生じた感覚が正しく痛みだったかも、過ぎ去ってしまえば曖昧になった。


「コーデリアさんが押さえた位置。禍刻紋を付けられた場所ではありませんか?」

「えっ」


 コーデリアの認識では心臓、もしくは胸、という意識の方が強かったが、指摘されて気が付いた。


「た、確かに。近いわ」


 見て確認したい衝動に駆られるが、ラースディアンとロジュスの前で胸元をはだけるのは抵抗がある。


「……ええと」


 位置が位置だけに想像をしてしまったか、ラースディアンは気まずげに視線を逸らす。そのまま森の奥へと逃がした。


「急ぎ、村人を見つけて戻りましょう」

「そ、そうね!」

(急に完成したりはしないでしょうしッ)


 最後に確認したときは、紋の形にさえなっていなかったのだから。


「じゃ、行くか? あっちでいいのか?」


 先ほどコーデリアが見ていた方角を指しつつ訊ねるロジュスにうなずく。


「ええ」


 どうやら正確に分かっているのはコーデリアだけのようなので、自然、先導して歩き出す。

 普段から人が分け入っている気配のある道から外れて、草をかき分けつつ進むこと数十分。


 直前で気が付く。


(殺気!)

「やあああぁぁ!」


 恐怖を叫びで誤魔化した必死の声と共に、両手で柄を握った短剣を突き出して十一、二ほどの少年が突進してくる。


 コーデリアが揺らした草に向けて走り出したようだが、その眼は固く瞑られていてこちらを見ていない。


 避けるまでもなかった。手を伸ばして肩を押さえる。


「危ないわよ」


 ――様々な意味で。


「……え」


 頭上から降ってきたのが人間の言葉だったのが酷く意外だった様子で、少年は硬直する。そして。


「うっわあぁぁぁっ」


 両手を放して腰を地面に落としてしまった。短剣が微妙に危うい位置に落ちそうだったので、宙でコーデリアの手が拾う。


「ご、ご、ごっ、ごめんなさい! てっきり、魔物かと思って」

「気持ちは分かるけど」


 実際、今のこの森は人より魔物と出会う確率の方が高いだろう。


「でも人じゃない保証はないし。目を閉じてたら相手の姿も動きも見えなくてより危ないわ。怖くても相手はきちんと見ること。ね?」


 コーデリアだったから事なきを得たが、武芸の心得のない者であれば取り返しのつかない事態に陥っていた可能性がある。


「はい……」


 自分が大変なことをしてしまった自覚はあるようで、少年は血の気を引かせながら素直にうなずく。


「それで、貴方がジュノー君でいいのかしら」

「はい、ジュノーは僕ですけど。お姉さんたちは?」

「王都で騎士の人から魔物退治を依頼された者よ。でも今日のところは君と、前に案内に入ったまま戻ってきていないという人を探しに来たの」


 そしてその目的は半ば達成されていた。ジュノーの後ろに、仰向けになって倒れている青年がいるのだ。


 衣服は所々破けて赤く染まり、完全に気を失っている。しかし、生きてはいた。弱くはあるが上下する胸の動きだけで充分だ。


「癒します」

「うん、お願い」


 進み出たラースディアンが青年の傍らに膝を突き、治療呪文を構成し始める。

 見れば、地面には青年を引きずってきたと思しき跡があった。少し驚く。


「貴方が彼を運んだの? 凄いわね」

「い、いいえ。すぐそこまでは、一緒に逃げてきたんです。でも義兄さんが倒れちゃって。それで……」


 せめて草に覆われた場所に隠れようと、移動させたらしい。青年とジュノーの体格差、そして年齢を考慮すれば、どれだけ必死だったかが分かる。


 しかしジュノーでは倒れた青年を村まで運ぶことはできない。途方に暮れていたことだろう。

 幸いだったのは、この森に食料が豊富だったことか。


 コーデリアがジュノーから事の経緯を大まかに聞き終えた頃、ラースディアンが顔を上げた。


「傷は癒しましたが、体力は戻りません。急ぎ村へと戻りましょう。ロジュス、背負うのを手伝ってください」

「あー、いいって。無理すんな、俺が運ぶよ」


 言って弓を仕舞い、背中を向けて青年の側に屈む。


「……すみません。では、お願いします」


 羞恥を覚えた様子で、しかし意地は張らずにラースディアンはロジュスに青年の身を委ねた。


「得手不得手はあるからな。ま、その気になりゃお前だって運べるんだし気にすんな。今は俺の方が効率がいいってだけさ」

「……はい」


 うなずきながらも、受け入れ切ってはいない口調だ。


 ラースディアンは元々、自身の体術について必要性を考えていた。今回の件は新たに理由が加わったと言えるだろう。


 だがそれに、ロジュスは賛成していないようだ。


「努力は買うけど。向かねーもんは向かねーから、適当なところで納得しとけよ」


 青年を背負って立ち上がりつつ、そんな容赦のないことを言う。


「ロジュス、それはあんまりじゃない?」

「ラスが武術を鍛えるのは、コーデリアが呪紋士を目指そうとしているようなもんなの。努力は嘘をつかない。けど才能で伸び率は変わる。答えの出てるそれに時間を割く必要が、今本当にあるのかって話だ」

「それは……」


 否定を、することができなかった。


「……」


 ラースディアンも同じだろう。ロジュスの後について森の出入り口へと向かう足取りはしっかりしていたが、目線は足元に落ちがちだ。


(時間は限られている。効率って言われればその通りだけど。でも――……)


 どうしてか、素直にうなずけない。


 もやもやした気分で最後尾からついていきながら――コーデリアははっとして体を反転させた。

 そして身構える。


 コーデリアが臨戦態勢に入ったのに気が付き、全員が足を止めた。

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