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九話

「それならまあ、仕方ないか。案内人がいなきゃ迷って出てこられない未開の森ってわけでもないし」

「はい。私たちだけで向かいましょう」


 理由を聞いて、二人はあっさりと諦めた。コーデリアも同じ気持ちだ。無理強いして連れて行っても、良い結果にはならないだろう。


 宿の主人もほっとした顔をした、そのとき。


「――ねえ、ジュノーを見なかった!?」


 顔見知りらしい、十代後半の女性が駆け込んできた。


「いや、見てない。姿がないのか」

「そうなの。ここにもいないなら、やっぱり……」

「おい、ちょっと待て!」


 息を整える間もなく踵を返そうとした女性へと、カウンターから飛び出してきた主人が慌てて駆け寄って腕を掴む。


「まさか森に入る気か! やめるんだ。そっちに行ったと決まったわけではないし」

「心当たりはみんな探したのよ、森以外はね!」


 二人のやり取りに、コーデリアたちは顔を見合わせた。


 件の『ジュノー』という人物の年齢は分からないが、今の森が普段よりも危険なことは余程小さくない限り分かるだろう。


 そしてそれ以上に小さければ、今度は森に一人で入ることなど叶うまい。

 ならば危険を承知で入ったということになり、その理由は限られる。


(さっき、ご主人は言わなかったけど……)

「案内をした村の人、帰ってきていないんですか」


 主人は『置き去りにされた』とだけ言った。そのあとの事をあえて避けたのだ。


 慣れた森なので、置き去りにされようと一人でも帰ってきたものかと考えてしまったが、そうではなかったらしい。


「ええ、その……。まあ、はい」

「ちッ。そういうことは先に言え。コーデリア、ラス」


 主人の肯定を聞いて不愉快そうにロジュスは舌打ちをする。


「休憩は後回しね」

「急ぎましょう。二次被害も出かねない状況です」


 とはいえ、旅の荷物を背負ったまま戦いに赴くわけにはいかないので。


「主人。すみませんが、部屋の鍵をいただけますが」

「ほ、本当に行かれるんですか? けど――」

「とりあえず今日はその二人を探して、連れて戻ってくるだけです。さすがにこのまま戦いたくはないですし。――だから」


 一度言葉を切り、コーデリアは女性を正面から見つめる。


 彼女は今、村の外から来た人間の言動に対して疑いと敵意を持っている。それでもコーデリアは言わなくてはならなかった。


 伝える手段は言葉と、行動しかないのだから。


「あと数時間、待っていてください。貴女が危険な目に遭うことで、さらに悲しい思いをする人を増やさないようにするために」

「っ……」


 彼女を大切に想う人。それはきっと、女性も同様に大切に想っている人だ。顔が明瞭に浮かんだが、いまにも駆け出しそうだった勢いが弱くなる。


 そうしてコーデリアが話している間に、二階に上がって荷物を置いてきたロジュスが戻ってきた。


「お待たせ。行こうぜ」

「ええ」


 身軽になった一行が出入り口へと向かう。


「――あのっ。どうか、お願いします」

「はい、きっと!」


 どうにか自信のありそうな声を作ってコーデリアは請け負い、表へと出た。


「うーん。あれは追ってくるな」

「でしょうね。わたしたちが成功する保証がないもの」


 大切な相手の身がかかっていれば、衝動に突き動かされても無理はない。


「だから急ぎましょう。そして目についた危険そうなものは排除しとく!」


 追ってきたときに、少しでも危険を減らせるように。

 気合を込め、コーデリアは平手にした右手の平に左の拳を打ち付けた。


「環境変えないぐらいにほどほどになー」


 苦笑しつつも、ロジュスも言葉ほどには止めるつもりがなさそうだ。


 村の養蜂家が頻繁に出入りしているので、森への道は整備されている。関係者以外立ち入り禁止の看板を抜け、森へと入った。


 入り口はまだ、人の気配が濃い。しかし先に進むほど自然の領域が増えてくる。


 それは環境を壊さず、自然に近い形で養蜂をしようという思索の結果だ。そのため必要部分にはやはり人の手が入っており、自然そのままが持つ怖さは薄かった。


 蜂が効率的に食物を得られるようにと、畑なども散見できる。


「農作物も育てつつ、蜂に蜜を集めてもらう。効率的ね」

「通りで料理屋が充実してたわけだな――っと」


 話しながら素早く矢を番えて、放つ。遠くで獣の悲鳴が聞こえた。


「ま、間違えないでね? ここには人が最低でも二人いるんだから」

「あー、間違えない間違えない。たとえ魔神に傾倒して魔力に染まった人間でも、魔物との区別ぐらいつくって」


 自信という表現でもまだ足りない。確信を持って当然のことを語る口調でロジュスは言い切る。


 死骸は放置できないので、魔物がいたと思しき地点を目指す。一撃で頭部を貫かれて地面に横たわっていたのは、ランペイジボアの幼獣だった。


「早速だ。試してみよう」


 懐から魔討証の短剣を取り出し、突き刺す。


 ランペイジボアの全身が発光したかと思うと、同色の光の粒子となって形を崩し、魔討証へと吸収された。一部がコーデリアとラースディアンの魔討証にも入る。


「お。ちゃんと機能した。こうなるのか」

「マナを元の形に戻すこともできると言っていましたね。大変高度な技術です」

「世の中には凄いものがあるのね……」


 話には聞いていても、実際に目の当たりにすればまた驚きがある。


「これで死骸の処理に頭を悩ませる必要はなくなったわけだな。よし、ガンガン行くかー」

「ええ。急ぎましょう」


 まずは何となく道になっている流れに沿って進もうとして――ふとコーデリアは足を止めた。


「どうしました?」

「多分、だけど。向こうに魔物の気配が固まってるわよね?」


 これから向かおうとしている方角から、ホブゴブリンなどから発されていたのと同種の圧迫感が伝わってくる。


「だな。で、少なくとも最初の一人はそっちにいるんだろ」


 魔物を退治する冒険者についていったのだから。


 無事かどうかはともかく、という言葉をロジュスはあえて続けなかった。最悪の状況として、コーデリアも否定はしない。その代わりに。


「それで、向こうに魔物と違う気配がしない? かなり弱いけど……」

「ん……? んー。そう、かも、か?」

「すみません。私には感じ取れませんね」


 ロジュスは自信なさげに同意して、ラースディアンは首を横に振る。


「けれどコーデリアさんの感覚が拾ったのなら、きっと間違いないでしょう」

「うん。魔物以外の何かはいるはず――んっ」


 応じて答えたコーデリアは、唐突に走った胸の痛みに言葉を切って服を掴む。

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