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八話

「分かっているだろうが、民間人が理由なく城に立ち入ることは許されていない」


 この場合の理由とは民間人側ではなく、城の住人たちが民間人を招き入れる理由、という意味だ。


「だが、資料室ぐらいは許されるかもしれん。そちらも訊いておこう」

「ありがとうございます」

「他にはあるか?」


 再度訊ねられて、コーデリアは左右二人の顔を確認してから首を横に振る。


「大丈夫です」

「そうか。では依頼の件、よろしく頼む」

「はい、頑張ります」


 とはいえ、出発は明日以降。地図を得てからになる。

 余った時間をどう使うか――少し迷って、すぐに答えは出た。


「そうだ。庭をお借りしてもいいですか? 鍛錬をしたいんですけど」

「勿論、構わないとも。自由に使ってくれ」

「ありがとうございます」


 快諾を得て、早速コーデリアは立ち上がる。


 鍛錬は大事だ。

 訓練でできないことが実践でできる可能性は、無きに等しいのだから。




 王都は緩やかな丘を利用して、防衛機能を高める構造になっている。

 町の外門を出て振り返ると、区画ごとに坂になっているのがよく分かった。


「来たときは馬車だったからあんまり意識しなかったけど。この坂を頻繁に行き来するだけでもちょっとした鍛錬になりそうね」

「疲れているときは遠慮したいですね」


 下り坂の負荷を感じつつしみじみと言ったコーデリアとラースディアンに、ロジュスは苦笑して肩を竦める。


「そんな頼りないこと言うなって。こんな坂ぐらい、鼻歌交じりで軽く百往復できなきゃ禍刻の主討伐なんて夢のまた夢だぞ」

「そうかもしれないけど、今のわたしには無理」


 きっぱりと答えつつ、内心は納得もしていた。

 いつかはロジュスが言う通りの体力向上に至らなくてはなるまい。


(体力だけだと厳しいわよね。呪力を鍛えれば何とかなるかしら。……なる気もするけど)


 できるようになったらちょっと楽しいかもしれない、とも思う。


 アルディオが用意してくれた地図はさすがに詳細で、分かりやすい。そもそも蜂蜜は王都にも納品されている品なので、運搬のための道もしっかりしていた。


 道を外れさえしなければ、比較的安全に進めるだろう。

 景色を眺めつつ、宿場を利用して進むこと三日。目的の村に辿り着く。


「……わあ」


 村の入り口ですでに、濃厚な甘い香りがする気さえした。


 村の位置は森のぎりぎり手前――と言っていいのだろうか。それでも村は木に囲まれた中に存在していて、通常の町とは違う雰囲気だ。飾り付けの花が多いのも一役買っているかもしれない。


 ただ、町そのものにはやや活気がない気がした。


「開いていない店も目立ちますね」

「本当だ」


 ここは観光地でもあるのだろう。名産である蜂蜜を使った飲食店が多そうだが、今は半分ぐらいの店が閉まっている。


「まずは宿を確保しようぜ」

「そうね」


 魔物退治に取り掛かるにしても、明日からにした方が無難だ。移動の疲れを残したままで戦うのは得策とは言えまい。


 村の状況のせいか、宿は楽に取れた。客足の少なさを示すように、主人は表情に出してコーデリアたちを歓迎してくれたぐらいだ。


「森に魔物が出たって聞きましたけど、蜂蜜、全然採れないんですか?」


 そしてせっかくなので、現状を住人から聞いてみる。

 客がいないので主人も時間があるのだろう。嫌がることなく話に乗ってくれた。


「全然ってわけじゃないんですけれどね。ただ、優先的に回さなきゃいけないお客さんがいるので、どうしても」


 貴族や豪商。そういった権力を持つ相手に収める分で精一杯らしい。


「お嬢さんたちも蜂蜜目当てでしょうか? だとしたら申し訳ない。今は売る分もないんです」

「目当て……ではありますけど、目的は魔物退治です。王都で騎士様から請け負いました」

「……ええ!?」


 やはりコーデリアが強そうに見えないせいか、一拍置いて盛大に驚かれた。


「それは無茶です! ゴブリンやスライムみたいな低級の魔物じゃない。居ついたのはマッドフレイアーなんです。王都に帰って、別の人に代わってもらった方がいい!」


 悪意のある言い方をすると侮っていると取れなくもないが、主人は純粋にコーデリアたちを心配している。


 コーデリアにしても、大丈夫と言い切れないのが辛いところだ。何しろ、戦うのが初めての相手なので。


「大丈夫大丈夫。マッドフレイアーごときに遅れなんて取らないって」


 そしてコーデリアが口にするのをためらった内容を簡単に言い放って、ロジュスは主人の心配を笑い飛ばす。


「ご、ごとき!?」

「ただ、不慣れな森を探し回るのは面倒だ。誰か案内してくれそうな人はいないか?」

「それは……。難しいかもしれません」


 ロジュスの求めに、主人は表情を曇らせた。


(無理もないわ)


 分かっていて、魔物に近付きたい者の方が稀だろう。戦う術を持たない普通の村人ならなおさらだ。


「怖いのは分からなくないが、自分たちの生活もかかっているわけだし、誰か一人ぐらい心当たりはないか」


 なおも食い下がるロジュスに、主人はさらに眉を下げた。


「実は貴女方が来る前に、王都の酒場に出していた依頼を受けてきてくれた冒険者の方がいらっしゃいまして」

「え。酒場にも依頼をしていたんですか?」

「酒場が先だったんですよ。そのあとで国の方で手を打ってくれるという連絡が来ましたので、今は取り下げています。ですがせっかく来ていただいたので、そのままお願いしようということになりまして」


 絶妙の巡り合わせだったと言える。


 依頼をしていたのも事実なので、国がやってくれるらしいから帰ってくれ、というのもあんまりだ。村人たちの判断にはうなずける。


「やはり村の者を案内にと頼まれたので、足の速い若者が共に向かうことになりました。しかし……」

「負けて、逃げ帰ってきたか」

「はい。しかも村の者を置き去りにして。正直に言って、私たちは討伐を名乗り出る方に不信感を持っています。全くの別人である貴女方には申し訳ないのですが……」

「……酷いわね」


 悪い前例ができてしまっていたのだ。村人が案内に二の足を踏むのも無理のないことと言えた。

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