六話
「手、繋ぎますか?」
人が増えてきたところで、そうラースディアンに訊ねられた。少しためらってからコーデリアはうなずく。
(迷うよりはいいはず……)
「繋ぎたい。いい?」
「はい」
気恥ずかしい気持ちを再度抱えつつ、手を繋ぐ。
遠慮や羞恥はある。だがそれらを越えて、コーデリアはラースディアンから感じる手の熱を好ましく思う。
物理的なものだけではない、温かさを感じるのだ。
それがなぜか、と問われると分からないのだが。
そして、いよいよ商業区へと再突入する。噴水と、広場の縁に沿うように立ち並ぶ露店を抜け、屋根のある建物内へと入った。扉は大きく開け放たれており、開放的だ。
店の前にもテーブルと椅子が設置してあり、そちらも満席。人気店のようだ。
「雌鶏と金の酒場へようこそー。テーブル空いてないけど、立ち飲みも歓迎よー。喧嘩はしないで場所取りしてねー」
両手のトレイにジョッキを乗せて器用に運ぶ女性が、新しく入ってきた客――コーデリアたちにすぐに気が付いてそんな言葉を投げかけてくる。
ただし、その言葉の半分ぐらいは喧騒によって消されてしまっていたが。
「熱気が……凄い……」
「本当に……」
コーデリアもだが、どうやらラースディアンも初体験らしい。二人で揃って唖然としてしまう。
「ほら、二人とも。こっちこっち」
「あ、うん」
入り口付近で突っ立っていては、後から入る人の邪魔になる。ロジュスに手招きされて、コーデリアは急いで奥へと進んだ。
人は多いが、やはり昼間だからか。それほど危険な感じはない。感覚としては祭りの雰囲気に近いだろうか。
「あれが依頼板。クエストボードってやつな」
「ちょっと見てみてもいい?」
「構わないが、俺たちには用ないと思うぞ?」
現在のコーデリアの力量に合った『丁度いい』依頼は、アルディオを通じて国が用意すると請け負ってくれている。むしろそちらのためにも、体を空けておくべきだ。
「依頼ってどんなものがあるのかなって思って」
「私も興味があります」
コーデリアとラースディアンは、揃って依頼が張り付けてあるクエストボードを眺める。
ざっと見たところ、採集と護衛が目立つ。次に討伐だ。
(結構、びっしり)
紙の面積より、隙間の方がはるかに少ない。それだけ皆困りごとがあるということだ。
「魔物関連の依頼が多いようですね」
「この時期はそうなるだろう。禍刻の年を控えて、魔物も禍刻紋の主を探して活発になる」
「……」
息をつき、コーデリアはクエストボードから目を離す。そして本来の目的を果たすべく、店内へと改めて目を向けた。
今度は集中して、マナを探りながら。
だがざっと見たところ、飛び抜けた腕利きと言えるほどの人物はいなさそうだ。下手をすればコーデリアよりも練度の低そうな者もいる。
魔物と相対するのかと思うと心配になってしまうぐらいだ。
「なんとなく、雰囲気は分かったと思う。出ようか」
「そうですね。店の空間を圧迫するだけの人間は邪魔になるでしょう」
「おー」
店内を抜け、表に戻ってくる。人混みの具合はさして変わらないが、それでも外の空気が肺に、空の色彩が視界に入ってくると開放感があった。
(まあ、助っ人の件は達成してるといえばそうだしね)
禍刻の主を倒せるかは分からないが、本人が言う通りロジュスは強い。コーデリアよりも確実に。
ただ、彼がどれぐらい強いのかは――まだ計れなかった。それだけ実力に開きがあるということだろう。
(王都にきて、才識者さんとの約束は取り付けた。助っ人探しは……もうちょっと継続。あとは、禍刻の主のことを調べるぐらいかしら)
王都にきてやりたかったことを、脳内で数えていく。
「どうする。一回屋敷に戻るか?」
「そうね」
屋敷の人に伝えたのは神殿に行くところまで。町中とはいえ、告げた場所にいないのでは迷惑をかけるかもしれない。
(それに、商業区はちょっと苦手かも……)
いつか、すいすい歩けるようになるのだろうか。
――今のところ、まったく想像が付かない。
「ただいま戻りまし……あら?」
「では、しかとお頼み申しましたぞ。――ん?」
コーデリアたちが屋敷に戻ると、来客らしい男性が丁度帰ろうとしているところに出くわした。
年の頃は四十から四十五の間ぐらいか。身にまとう服は豪華で、両手の五指中三本の指に指輪が填まっていた。
一目で分かる。裕福な人物だ。好ましい装いかどうかはともかく。
(アルディオ様のお屋敷に来てこの態度ってことは、貴族なのかしら)
一応言葉遣いは丁寧だが、そこには相手が断るはずがないという傲慢が見えている。
不興を買うのはよくなさそうだと、急いで脇に避けて道を開けた。
「君らは……」
綺麗に剃った禿頭が、強めの太陽の光を反射させる。
「ああ、戻ったか。先に奥に入っていてくれ。私もソリーム殿を見送ったら行く」
「はい」
アルディオは早々にコーデリアたちを場から逃がそうとした。あえて逆らう理由もないのでうなずく。
が、それを来客らしき男性の方が引き留めた。
「お待ちください、アルディオ様。貴方様の屋敷では見なかった顔ですぞ。もしや彼らが件の者たちではありませぬか?」
「ソリーム殿。私にはそれに答える権限がありません。ご容赦いただきたい」
「おお、そうでありましたか。それは失礼を。では、今日の所は帰らせていただきましょう。また、いずれ」
裾の長いローブを翻して、ソリームと呼ばれた男性は去っていく。
「……やれやれ。運のよい御仁だ」
「アルディオ様、あの方は? 貴族のどなたかですか?」
「いいや、商人だ。ただし、大商人。王都でも一、二を争う資産家だよ。ソリーム殿から金を借りている貴族も少なくないから、とにかく顔が利く」
ソリームのことを語るアルディオの眉間にはしわが寄っていた。快く思っていないのが察せられる。
「まあ、彼のことはいい。中に入ってくれ。君たちには話したいことがある」
「はい」




