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四話

「そこまでじゃねーけど、まァ、おいおいな」

「ええ。それが良いかと」

「?」


 二人が何を共有しているのか、コーデリアには分からなかった。あえて誤魔化すような言い方からするに、聞いても答えてはくれないだろう。


(じゃあ、今はいいか)


 見当も付かないものを闇雲に追いかけても仕方ない。それより、果たさなくてはならない目的に集中するべきだと考えた。


 昨日上ってきた坂道を下りて、市街へと出る。市場は今日も大盛況だ。


「コーデリアさん。はぐれないように」

「……えっと。手を繋いでもいい?」


 身体的接触を抵抗なく求めた自分に、コーデリアは少し驚いた。

 知らない相手にはまずやらない行いだ。ましてや異性となれば尚更。


 それは間違いなく、コーデリアが心理的な距離を縮めた証である。

 ただしラースディアンが答えるかどうかはまた別の話となるのだが――


「はい。もちろん」


 柔らかな微笑のまま、快諾した。


(凄く、変な感じ……っ)


 はぐれないように手を繋ぐなんて、子どもの頃に両親としたので最後だ。幼い自分と同じことをしようとしている気恥ずかしさもある。


 しかしはぐれたら再会までにどれだけかかるか知れたものではないので、差し出されたラースディアンの手を一瞬ためらってから、取った。


(あ、あれ?)


 思っていたのと、違う。


 それが真っ先にコーデリアの抱いた感想だった。かつての経験との違いが、コーデリアをより動揺させる。


 マリウスとメリッサの手は、コーデリアにひたすら安心と頼もしさを与えてくれた。けれど今ラースディアンと繋ぐ手には、緊張で満ちている。


 軽く握る以上の勇気が出ないコーデリアの手を、ラースディアンの方からしっかりと握られた。


(わ、わ)


 記憶にあるマリウスの手よりは、小さいと感じた。あるいは子どもの頃の記憶だから、相対的なものかもしれない。


 男性としては細身の部類に入るラースディアンだ。けれどコーデリアが持っていた印象より、ラースディアンの手はずっと男性的だった。


 手を引かれるまま、市場の人込みを抜ける。通りを一つ二つと進めば、自然と人が疎らになっていく。


「六角形の市場の角から、路地が伸びてる感じ?」


 後ろを振り向きつつ、形が把握できてきたコーデリアがそう口にしてみる。

 その途中でラースディアンと目が合って、周囲から人が減ったのを互いに認識しているのを確認して、手を離す。


「お。正解。よく分かったな」

「市場の北にあるのが貴族街と王城。今私たちは北西の道を抜けて、学業区画に来ています」

「へえ……」


 言われてみれば、見渡して目に入る雰囲気が市場とも貴族街ともまた違う。道を歩く人々は己の目的に邁進している様子で、わき目も降らずに颯爽に去ってゆく人が多い。


 専門家以外には用のないだろう道具を扱っている店舗と、それを将来使いこなすのだろう人々の学びの場が立ち並ぶ中に、神殿もあった。


「総本山カルナ・カフナに次いで、国で二番目にでかい大神殿だ」

「うん、立派……」


 まず、見上げるほどに大きい。大神殿の名前に偽りなし。

 庭も広々と取られていて、聖人の像が飾られた噴水が景色に清涼さを与えている。

 門を潜り、扉を開いて中へと入る。


 神殿内は静かだった。

 人がいない、という訳ではない。神の力で満ちたこの厳かな空間は、自然と人を厳粛な気持ちにさせるものらしい。


「二人とも、こちらに」


 祈りを捧げる大広間を通り過ぎ、ラースディアンは別の通路を進む。

 大広間の様子をちらりとだけ見たコーデリアは、少しだけ奇妙な気分になった。


 レフェルトカパス神は、鳥の頭部を持った男性の姿で伝わっている。貴色は緑。光り輝く黄金を添えられることも多い。


(割と、あの巨鳥と合致するところがあるわよね……って、こんなことを考えるのは不敬かしら)


 魔物と似ている、などと。少なくともロジュスには知られたくない。

 幸いにして頭の中というのは絶対的な私的空間だ。他人に覗かれることはない。


 ラースディアンの案内に従って進んでいくと、一つの扉の前に辿り着いた。


「ここって?」

「寄進や、特別な相談などを行う個室です。今日は人がいないようですから、すぐに応対してもらえますよ」


 言って、ためらいなく扉を叩く。


「どうぞ、お入りください」


 中からの応答も速かった。


(良かった。優しそう)


 声から受けた第一印象が、コーデリアから肩の力を抜かせる。


 扉を開けて中へと入ると、よく磨かれた木の机を挟んで女性神官が対面の席に座っていた。年の頃は三十前後と言ったところか。


 使い込まれた年月は感じるが、清潔感のある神官服に柔和な微笑み。声の印象そのままだ。

 神官はコーデリアが気を抜いたその雰囲気を崩すことなく、手の平で皆に着席を促した。


「どうぞ、お座りください」

「失礼します」


 中央にラースディアンが、そして左右にコーデリアとロジュスが座る。


「本日はどのようなご用件でしょうか」

「才識者の方にお会いしたいのです。禍刻の主の件でお訪ねしました」


 神官は前半部分を聞いて不審そうになり、後半に差し掛かると目を見開いた。


「では、貴方が……?」

「今はまだ、申し上げかねます」

「ええ、そう……。そうでしたね。余計な詮索をいたしました。お許しください」


 コーデリアたちが広めたくないのと似た理由で、国からも忠告が来ているのかもしれない。

 つい口に出してしまった問いかけを、神官はすぐに撤回した。


「では、才識者に連絡を取りましょう。数日以内にはお出でになられるかと」

「近衛副騎士団長の、アルディオ殿のお屋敷に来ていただくことは可能でしょうか?」

「アルディオ殿ですね。承知しました」

「よろしくお願いします。――行きましょう」


 当人がおらず、連絡を取ってもらう約束を交わせたのであれば、無用に留まる理由はない。

 立ち上がったラースディアンに倣って、コーデリアたちも部屋を後にする。


「どうしたよ、難しい顔してるな? 待たなきゃいけないのにがっくり来たか?」

「それは全然」


 待つだろう、という予測はついていた。言われた期間も、想定内の中でも短い方だ。


「ただ、不自由そうだなって思って」

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