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三話

 その日は屋敷の簡単な説明だけ受けて、コーデリアは早々に与えられた客室へと引っ込んだ。

 そして翌朝、一人で使うには広めの個室で目を覚ます。


 ベッドがこれまで体感したことがないほどフカフカで、初めての場所だというのにぐっすり寝入ってしまったほどだ。


(い、いやいや。別にわたしが常識外に図太いとか、そういうわけじゃないから。疲れていたせいもあるだろうし!)


 誰にともなく言訳をしつつ、身支度を整えて部屋を出る。


 昨日聞いたとおりに朝食のために食堂へと向かう、その途中。仕事中らしいメイドの女性と行き会った。


「おはようございます、コーデリア様。すぐに食事にいたしますか?」

「さ、様!?」


 挨拶を返すのも忘れて、コーデリアは動揺の声を上げて仰け反る。


「あああ、あの。わたし、様とかって呼ばれるような身分ではないので……!」

「いいえ。旦那様のお客人でいらっしゃいますから、間違っておりませんわ」


 穏やかに、かつ美しい微笑を湛えたまま、メイドはきっぱり言い切った。


(そ、そういうもの……かな?)


 落ち着かないが、止めて普通に話してくれというのは余計に屋敷で働く使用人を困らせるだけだろう。

 ここはそういう規則で動く場所なのだと納得した方がよい。


「それに――ですね? わたくし、身分に関わらず人には敬意をもって接するべきだと思うのです。粗暴だったり威圧的だったりするよりも、慇懃である方が良いと思いませんか?」

「それはそうかも。平民だからいい加減でいいっていうのもどうかなってわたしも思う……思いますっ」

「ふふ」


 同意の証も込めて言い直してコーデリアを、メイドは好ましそうに笑う。


「今のはただの、わたくし個人の考えですわ。人に押し付けるようなものでもございません。どうかコーデリア様はお気になさらないで、自然体でお過ごしください」

「う、うーん。でも……」

「それに、親しげな振る舞いが悪い訳ではありませんでしょう? 人との距離を縮めたいのであれば、有効な手段とも言われています」


 現状の距離感によって、どこまでの言葉を選ぶのかは考えなくてはならないが。


(そう言えば、ラスはそっち派だったわね)


 形から入ることで、事実にしようという考え方である。


「分かりました。じゃあ済みませんけど、いつも通りで」

「はい、どうぞ気兼ねなく。――ところで、お食事はどうなさいますか?」

「そうでした! おはようございます、よろしくお願いします」

「まあ。ふふふ」


 挨拶からやり直したコーデリアに、彼女は実に楽しそうに笑った。


「あの、お名前って聞いても大丈夫ですか」

「ルシャルテと申します。どうぞよろしくお願いしますね」

「はい、こちらこそ」

「では、厨房に伝えに参りますわ。コーデリア様はどうぞごゆっくりお越しになってください」

「分かりました」


 引き返していくルシャルテの背を見送って、コーデリアは意図的にゆっくりと歩く。

 そうしてたっぷり時間をかけて、食堂に到着。と、そこにはすでに席に着いているラースディアンとロジュスがいた。


「おはよう、二人とも」

「おはようございます」

「はよーっす。どうよ、眠れたか?」

「ぐっすり」


 思わず真顔になって答えてしまった。

 それで察したのか、ロジュスはくつくつと声を立てて笑う。


「ところで、二人は何してるの? ご飯待ち? 今来た感じなら凄い偶然ね」

「残念。少しバラバラだった。でもまあ皆で食べた方が美味いし料理人たちの手間も減らせるし、コーデリアを待ってからにしようって話になってな」

「そうなのね。お待たせ」

「いえ、決めていたわけでもなく、私たちが勝手に待っていただけですから」


 翌日のことに思い至らなかったのは、色々と自分たちが暮らしていた環境と差があって戸惑ったというのもあるだろう。


 コーデリアが席に着いてしばらくすると、料理が運ばれてきた。丁度良い頃合いで着くことができたようだ。


 運ばれてきた前菜のサラダは、彩り豊かでその一品だけですでに華やか。

 付け合わせではなく、主役になれる。


(まさに別世界……)


 使われている野菜は見知ったもののはずなのに、味は少し違う気がした。


「さて、とりあえず――今日はこれからどうするよ?」

「やっぱり、まずは才識者の方の所じゃない? 会うのに時間がかかるかもしれないし」


 仕事の予定が詰まっていたら、それこそ一週間か二週間は待つかもしれない。

 コーデリアたちは平民ではあるが背負っている事が事なので、さすがにそれ以上袖にされ続けることもないだろうが。


「じゃ、神殿か。ラス、案内頼むな」

「はい。王都で勤めていたわけではありませんが、来たことはあります。多少のご案内はできるかと」

(才識者、かあ)


 自分の才能を知る、というのは、楽しみでもあるが怖くもある。無才の現実が突き付けられる可能性だってあるのだ。


 コーデリアの場合、武才があることだけは確定しているので、全く分からないよりは気も楽であるが。

 あっさりと予定が決まったので、後は他愛無い雑談をしつつ料理に舌鼓を討ち、完食して食堂を出た。


「食べた後、いきなり動くと体に負担がかかります。観光がてらゆっくり向かうことにしましょう」

「ですね」


 正直、コーデリアは食べた直後の運動でも腹痛を起こしたことはないのだが、周りの人の中にはやはりいた。両親からも腹ごなしの時間は設けるようにと教えられている。

 なので余程でない限りは守っているし、これからもそのつもりだ。


 屋敷の人に行き先を告げて外に出る。アルディオがコーデリアを屋敷に留めているのは、連絡を付けやすくするためだとも言っていた。

 隠すような目的でもないので、伝えていくべきだと思ったのだ。


「昨日はアルディオ様の背中を追いかけるので精一杯だったけど。改めて見ても居住区は余裕のある造りよね。ちょっと寂しいけど、住みやすそう」


 花壇に植木、計画的に配置された樹木と、景観もいい。


「あー。こっちは上流階級の人々が暮らす区画だからな。市民の居住区はもっと狭いっつーか、マジュには貴族街とかって……」

「一応らしいものはありますが、ここまで露骨ではないですね。富裕層の市民が住む、ちょっと裕福な住宅辺り、と言ったぐらいでしょうか」

「だよな。そういう反応だ」


 ラースディアンの答えに、ロジュスは少し困ったような顔をした。


「住んでいた町に貴族がいないと、何かまずいの?」

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