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一話

 山を越え、馬車に揺られて過ごすこと十数日。コーデリアの目の前に、これまで通ってきたどの町よりも立派な外壁がそびえたっていた。


 深く掘られた堀には水が流れ、頑丈そうな跳ね橋が掛かっている。人々はその内側で、町に入ろうと列を作っていた。

 その長さもコーデリアが見てきた中で一番だ。


「うわぁ……」


 思わず声が出る。


「日が暮れそうな長さですね……」

「いやいや、そこまでじゃない……。はずだ、多分……」


 引きつった声を上げるコーデリアとラースディアンに、アルディオは否定をした。ただし、大分自信なさげに。


「一時間かそこらは待つかもしれないが、そんなものだと思うぞ。さすがに半日もかかっていたら人も避けるようになるだろう」

「だといいですけど……」


 そうであってくれという願いを込めて、コーデリアは呟く。


「えーっとだな、あの列がどれだけかかるのかは正直私も正確には知らないんだが、私たちはすぐに入れるぞ。向こうの優先門に行ってくれ」

「へい」


 途中の町で借りた馬車の御者に、アルディオはそう指示を出す。


(乗合に優先的に乗らせてもらうどころか、一台を丸ごと借りてしまうっていうのが、もうね……)


 コーデリアたち庶民とは発想が違う。


 アルディオの指示によって馬車が向かったのは、コーデリアたちが入ろうとしていた西門と、南門とのちょうど中間地点ぐらいにある装飾性の高い門だった。


「ここまででいい。ご苦労だった」

「へい。毎度ありがとうございます。お気を付けて」


 馬車を降りた騎士から代金を受け取ると、御者は頭を下げて引き返していく。門の方へ向かって行ったところを見るに、新たな客を捕まえるつもりだろう。


「こっちの門には、あまり人がいないんですね」

「貴族や騎士が出入りするときに使う門だからな。使える者が限られているんだ」

「……成程」


 貴族は庶民のようには並んで順番待ちをしたりはしないらしい。面白くないものを感じる。


「わたし、向こうに並びます」

「いや、大丈夫だ。私と一緒にこちらの門から入れば――」

「いいえ。だって狡いもの」


 きっぱり言い切ったコーデリアに、アルディオは一拍絶句した。それから慌てたように弁解する。


「い、いや、コーデリア。それは誤解だ。なにも貴族が特権階級にあるから別の出入り口を用意しているわけじゃない」

「そうなんですか?」

「貴族が担う仕事はすべて重要だ。ゆえに、要人として狙われる事例が少なくない。あのように人ごみに紛れては警備もままならないだろう。これは必要な措置なのだ」

「じゃあやっぱり、わたしには必要ありません」


 狙われる理由はなくはないが、コーデリアが禍刻紋(かこくもん)を持っていると知っている者は少ない。


 言うなりコーデリアは踵を返して、アルディオに引き留める間を与えずに一般の人々が並ぶ列へと向かう。

 アルディオの言い分に納得した部分もあるが、それよりも反感が勝った。


「じゃあま、そういうことで」

「中で合流しましょう」


 苦笑しつつ、ロジュスとラースディアンはコーデリアに付いてきてくれる。


「え、いや。待て、待て待て待ってくれ!」

「あ、騎士様は来ないでくれな。貴方が先に言った通り、貴族が混ざると混乱して大変になるだろうからさ」

「コーデリアさんが余計に注目を浴びてしまいそうですからね」


 騎士に護衛されている少女は誰だと、知らない人でも目を向けるだろう。

 アルディオが追ってこれないようにしっかりと釘を刺して、三人は一般の列へと並び直す。


(……悪いことをしたかしら)


 つい感情に任せて決めてしまったが、アルディオの仕事を邪魔したといえばそうだ。後悔する気持ちがじわじわと湧く。


 だがそれでもアルディオの方へと戻ろうとは思わなかった。気まずいというのもある。

 やや俯きがちに順番待ちをしていると、ぽんと肩を叩かれた。ロジュスだ。


「落ち込むなって。コーデリアは別に悪いことをしたわけじゃないと思うぜ」

「ええ。アルディオ殿も今一度、己が持つ特権について考える良い機会となったでしょう」

「ありがとう。……うん、変に悔んだりはしないわ」


 ラースディアンの言にも一理ある。


 アルディオが口にした理屈を理解はできても素直に受け入れられなかったのは、彼がそれを当然の権利として扱っていたせいもあった。


 たっぷり二時間は待ったあと、コーデリアたちは無事に町に入ることを許された。


 当たり障りなく観光ということにしたが、深く問われることなく通れたのはラースディアンが神官だったおかげである。


(聖職、強い……)


 コーデリア自身、ラースディアンのことは職業込みで信頼しているので、門衛の気持ちはよく分かる。

 そうして中に入ったすぐの所で、アルディオたちと再会した。


「お待たせしました」

「ああ、いや、うん……。今回は一市民の大変さが少し分かった気がする。よい経験だった。礼を言う」


 結局コーデリアたちと同じ時間を待ったアルディオは、疲れを滲ませつつそう言った。

 無論それでも、みっしりと人が並んだ列のただ中で待ち続けるよりはずっと楽だったのだ。


 分かっているからだろう、アルディオも疲労を口にはしなかった。態度には出てしまっているが。


(なんか、わたしの知ってる騎士様と違うなあ……)


 コーデリアが聞き知っている騎士とは、もっと勇壮で頑健だ。少なくとも、二時間程度待機していたぐらいで疲れたりはしない。


「町の出入りに関して、もう少し考えるべきかもしれないな……」

「訪れる人数も多いですから、難しいのでしょうね」


 穏やかに微笑しつつ擁護したラースディアンに、アルディオは僅かにほっとした様子を見せた。


「そう言ってもらえると、罪悪感も少し薄れるよ。――さて、行くとしよう」

「どこにですか?」

「私の家だ。まずはそこで説明をする」


 言って歩き出したアルディオについて、広い町の中を進む。門から広がる大通りを過ぎればそこはもう広場で、ずらりと露店が立ち並び、四方八方に道が伸びている。大変な大賑わいだ。


(こ、これは、絶対迷うわ……!)


 とにかく人が多い。目の前から人の姿が途切れることがない。景色など、人の隙間から窺うのがやっとの状態だ。


 はぐれないようにと懸命にアルディオの背を追った。

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