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三十二話

「っ……!」


 そしてコーデリアはすぐに呪紋の発動を止める。息をついて両手を膝に突くことで、どうにか体を支えている有様だ。


「コーデリア殿。怪我はありませんか」


 歩み寄ってきたラースディアンに声を掛けられて気付く。周囲はいつの間にかとても静かだ。残っていたはずの配下のゴブリンたちももういない。


「怪我は、大丈夫です。助けてくれてありがとうございます」


 ラースディアンの盾がなければ、今頃無事ではなかっただろう。


「ならば良かった。……ですが、最後に使った呪紋はどこで習ったのですか? そちらもロジュスから?」

「いいえ。ロジュスからは呪紋は習ってないです。あれは……」


 答えながら当時の感覚を思い返しつつ、コーデリアは言葉を探す。


「自分の中から出て来た、ような……。心臓の辺りが熱くなって、何かが填まった感じがして、そうしたら頭の中に呪紋法陣の形が浮かび上がったんです」


 そして『それ』が自分の求めていた力を与えてくれるものだということも、なんとなく分かった。


 己の知識の中にない複雑な呪紋法陣を正しく呪力で描き出せたのも、本来ならば驚くべきこと。だが形はずっとコーデリアの中にあったし、何より共に力を注いでくれた何者かが導いてくれていた。


(変な感じだった)


 発動させたのは間違いなくコーデリアだ。だが呪紋そのものを完成させたのは、別の存在からの助力があってこそ。


「頭の中に? そのようなことが……」

「ない、ですよね。普通……」


 コーデリアも聞いたことがない。


 呪紋を使えるようになるには、まず現象を起こす呪紋法陣の形を覚える必要がある。それから呪力を使って正しく描き上げられるようになれば、発動させることができる。


 大本の呪紋法陣は呪紋士たちが日夜研究を重ねて編み出している物。描き上げる図の意味一つ知らないコーデリアの脳では、ポッと作り出せるようなものではない。


(あれは、何だったんだろう)


 コーデリアの頭に流れ込んできた呪紋法陣は、今でも意識を向ければ形が明確に浮かび上がる。


「そんなに難しく考えなくても。コーデリアの才能ってことでいいんじゃね」

「ロジュス、貴方ねえ……」


 本人であるコーデリアが一番分かる。

 これは自分が持って生まれた『才能』などではないと。


 では何なのかと言うと、答えられないのだが。


「呪紋が発動したとき、とても強い神力を感じました。純度も高かった。人があの練度に辿り着くのは難しいと、即座に理解できるほどに」

「あ、分かります。わたしも呪紋法陣を作っているとき、誰か別の存在が手助けしてくれている感じがしました」

「じゃ、レフェルトカパス神だろ」

「……ええ……?」


 こともなげに言ったロジュスに、コーデリアは懐疑的な声を出す。


「言ってるだろ。レフェルトカパス神だって地上のことは見ていらっしゃる。巨鳥を倒して世界を魔物の手から救えるよう、助力してくださっているんだ」

「そうなのかなあ」


 信仰心の厚いロジュスが辿り着く結論としては、妥当かもしれない。


 しかしここまでの人生で神と縁遠かったコーデリアにはピンと来ない。かといって違うと言える理由もなく。


「意外と、そうなのかもしれませんね」


 ラースディアンも同意を口にした。


「意外って、お前な」


 レフェルトカパス神の助力を認めたのはともかく、その言い様は不満であるようだ。


「事実でしょう。神は結界以上の力を貸してはくださらない。もちろん、魔物を阻む結界を与えてくださっていることには感謝していますが」

「……おう」


 結界以上の実利は感じられないと言い切るラースディアンに、ロジュスも否定する材料はないようだった。


 ただし、その表情は反感を表していて凄く苦々しいが。


「ですがコーデリア殿に貸された力の純度は、人のものではなかったとも思います。もしそれがレフェルトカパス神であるのなら、ロジュスの言う通りかもしれません」

「と言うと?」

「本当は常にもっと沢山の力を与えられていて、私たちのことを気にかけてくださっているのかもしれない」

「魔物に邪魔されて届かないだけで?」

「あるいは、すでに力を貸してくださっているから現状で済んでいるのか」

「これ以上求められないとなると、やっぱりぞっとしますね」


 今だって、魔物の方が圧倒的に強い勢力を誇っているのだ。


「いずれにしても、神の御心は一介の人の身で窺えようはずもありません。今は助力に感謝して、成すべきを成しましょう」

「ゴブリン退治の続きですね」

「そうです。巣を潰したのは大手柄になると思いますよ」


 ホブゴブリンを始めとして、巣に残っていた戦えるゴブリンたちは粗方駆逐したと言っていいだろう。


「あ、でも。どうやって証明すればいいでしょう」


 目撃者もいないし、死骸を持ち帰るわけにはいかない。というより、ここでしっかり処分していかねばなるまい。


「角とか、腐りにくい部分を持ち帰ればいいと思うぞ。ゴブリンの死体には使い道ないからな。ランペイジボアとかみたいに、肉が美味いとかいう訳でもなし」

「美味しくても、ゴブリンは嫌かな……」


 見た目もかなり違うので共食いとまでは言わないが、それでも近い感じはある。食料としては見なせない。


 それこそ、本当に飢えていれば迷わない自信がある程度の抵抗感だが。


「中にいる幼体や世話係も片付けておきましょう。これから巣に戻ってくるゴブリンもいるでしょうから、しばらくここで待機しておくとよいかもしれませんね」

「他の巣とかはないんですか?」

「ないでしょう。ホブゴブリンがここにいたと言うことは、この山のゴブリンは皆配下だったはずです」


 自然にできた洞は蔓延っているゴブリンの数からすると狭いような感じがあるが、それは人間の受ける印象に過ぎない。

 ゴブリンの成長速度としてはそれで充分なのだ。


「ホブゴブリンの統率力って凄いんですね」


 町単位で傭兵を募って討伐隊が組まれるほどの群れを、一体で統率していたということになる。


「大半の魔物は人間より単純だからな。個体として格上の奴には素直に従う。そういう生態になってるのさ」

「合理的なような、容赦がなさすぎるような……」


 感情よりも生存のための本能が勝つと言うことなのか。それとも本能に準じた感情しか生まれないようになっているのか。


 ともあれ人であるコーデリアには素直には従えないだろう感覚だ。どれだけ正しくても、心が反発することもある。

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