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三十一話

 目の前のホブゴブリンは、コーデリアが相対したどの魔物よりも強い。それを体が教えてくれる。


 体躯以上に存在を大きく感じるのは、ホブゴブリンに流れる魔力のせいだ。濃く、洗練されていて密度が高い。練度を感じる。


(これが相手の強さを計れるようになる、ということなのね)


 では彼我の差はどうか――というと、ホブゴブリンの方がやや強い、といったところだろうか。

 だがコーデリアは引かなかった。多少の差を覆して自分の拳は届くだろうことも確信がある。


 何より、一人ではない。


 左手をやや手前に、顔より少し下ぐらいの位置まで持ち上げ、開手する。右手は腰の位置で拳を作った。


(絶対許さない)


 目の前のホブゴブリンは人間を餌だと言い切った。きっとこの山を越える人々の中にも犠牲者がいたはずだ。

 己の命を軽んじる絶対的な敵を前に、コーデリアははっきりと怒りを覚えた。


 ホブゴブリンは部下に持たせていた物とは違う、刃物の輝きを維持した大振りの長剣を上段に構える。

 盗っただけではない。手入れをしてある。その知能があるのだ。


(でも、作ったわけじゃない)


 ところどころ錆びの浮く、至らない整備からも察せられる。


 作る技術も、維持する技術もない。人を蔑みながら人が作った道具は使う、その厚顔ぶりも腹が立った。


 しばし睨み合い、焦れたのはホブゴブリンが先だった。剣を掲げたまま地面を蹴る。


(真っ直ぐ力の乗った、ただの力任せの攻撃)


 剣の腹を叩いて軌道を逸らし、まずは防具に覆われていない部位を壊す。コーデリアは狙うべき部位を腕に定めた。

 自らも踏み込みつつ、実行しようとして。


(――え)


 直前になって気付いた。


 ホブゴブリンは僅か――ほんの僅かに、己の得物に魔力を流して強化していた。

 分かってやっているかも定かではない不安定さだったが、剣は間違いなく魔力を帯びている。


 振り下ろされる剣が持つ力は、コーデリアの予測を超えていた。それでももう動きは変えられない。

 コーデリアの小手と、ホブゴブリンの剣がぶつかる。鋭い金属音を立てて弾かれたのは、コーデリアの方だった。


「っ」


 体勢を大きく崩してよろめく。そこに容赦なく剣が振り下ろされた。

 息を飲んだコーデリアの前に、光で編まれた盾が出現する。見覚えがあった。ラースディアンがマジュの町で巨鳥の攻撃を防いだものだ。


 当時よりも小規模な展開となっているが、剣一本を防ぐのには充分だ。

 無防備になったコーデリアへと全力で剣を振り下ろしていたホブゴブリンは、自らの力への反発でたたらを踏んで後退することになる。


「――やッ」


 そして逆に、体勢を立て直したコーデリアが回し蹴りを放つ。


(硬いっ)


 筋肉や皮膚だけの話ではない。ホブゴブリンのマナを上手く乱せないのだ。

 それでも痛手にはなったのか、ホブゴブリンはコーデリアに打たれた左腕を右手で押さえる。


「ミョウな、技を……」


 ホブゴブリンは初めてコーデリアを警戒し、油断なく間合いを計った。


(あの、手応え。わたしの力で殺すには、凄く沢山打ち込まないといけない気がする)


 一打一打は大きな痛打にはならなさそうだ。事実ホブゴブリンは左腕の具合を確かめ、手を離した。

 痛みはあるが耐えられないほどではない、といったところだろう。


(もっと――もっと強く干渉しないと。そう、わたしの神力を捩じ込むぐらいのつもりで)


 自分に流れる神力を意識して、拳に集中させる。と、不意に胸の――心臓のあたりが熱くなった。同時にカチリと何かが填まった気配がして、頭の中に手段が流れ込んでくる。


『それ』は呪紋法陣の形をしていた。体に刻まれたその形を、コーデリアは意識して神力を以って描き出す。


 ラースディアンが普段描いているものと比べて、はるかに小さい。しかし要される輝きは同等以上だ。


 コーデリアが必要な神力を流すのに手間取っていると、不意に手助けをするように別の神力が混ざり込み、呪紋法陣を描き上げていく。


 そして、発動した。


(ディスファ)(ランクス)


 発動と同時に、コーデリアの拳に光が宿る。それはコーデリアの拳を護るものであり、同時に強力な武器だった。


(これは、わたしの神力じゃない)


 もっと純粋な、聖性のみを具現化した力。


「ぐっ……!?」


 事実その輝きを見て、魔物であるホブゴブリンは怯んだ。己が触れてはならない光だということを、本能で察したのだろう。


(討つ!)


 ホブゴブリンの恐れは、コーデリアにとってはただの好機。地を蹴り、接近を試みる。


 体感で分かる。この輝きはあまり長く維持していられない。コーデリアの呪力が少ないせいもあるが、発動に要求される呪力量がそもそも多いのだ。


「く、クるな! なぜ、聖神の輝きがキサマに宿る!?」

「さあ、知らないけど!」


 ホブゴブリンはその恐れゆえに、渾身の力を込めて刃を振るった。つまりそれは微弱ながらも魔力を乗せた一撃であり、先程コーデリアを弾き飛ばしたもの。


「はッ!」


 だがコーデリアは迷わなかった。今度は弾いて凌ぐのではなく、拳を剣の腹に叩き込んで武器破壊を狙う。


 剣の威力を増させていた魔力の壁はコーデリアの拳が纏う輝きの前にあっさりと霧散して、金属そのものの強度だけで迎え撃つことになる。


 そしてただの金属は、コーデリアの呪力が乗った一撃に耐えはしなかった。澄んだ音を立てて剣は半ばからへし折れる。


「終わりよ!」


 剣に全力を込めていた分、大きく力を逸らされたホブゴブリンは体勢を崩している。無防備なその頭へと、コーデリアは思い切り拳を叩き込んだ。


「――!!」


 コーデリアの力では、骨を砕くまではできない。そんな力を込めたらコーデリア自身の拳とて無事では済まないだろう。

 実際の打撃の威力は、脳まで届いたかどうか。


 ホブゴブリンは吐き気を堪えるような顔をして――そのままぐるりと白目を剥き、仰向けに倒れる。

 外から見ただけでは、心得のない者には分かるまい。ホブゴブリンの頭部にある魔力経路は、完全に切断されていた。


 体を構成する重要な循環器を失って、命も共に断たれたのだ。

 コーデリアの拳に宿った聖なる光は、己に相反する魔物に容赦がなかった。

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