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三十話

(ラースディアン様って、本当に不得意がないのね)


 王都に呼ばれ、神に使命を与えられるような人はやはり違うということなのか。


 ややあって呪紋法陣に呪力が行き渡って、ラースディアンは小さくうなずく。

 それを受けてロジュスはコーデリアに目配せをしてから、引き絞った矢を放った。


「ギャッ!」


 狙いは精密。


 おそらく狙った通りだろう、ゴブリンの頭部を貫通した。相方の異変に反応したもう一体の見張りゴブリンも、事態を把握する時間さえ得られず続いて飛んできた矢に貫かれて絶命する。


 ギィギィ、ギャアギャアと空中でハーピィが騒ぐ。

 その鳴き方は、戸惑いと歓喜をない交ぜにしているようだった。


 そしてコーデリアが受けた印象は間違っていなかったらしい。戸惑いが覚めたハーピィたちは急降下して、倒れたゴブリンの死体を掴む。

 持ち帰るつもりなのだ。


 ギィ! ギィギィ!


 そして表の異変に気付いて洞穴の巣から出て来たゴブリンたちは、全員がハーピィたちに向かって怒りの声を上げていた。

 真に実行したロジュスの存在になど気付いてもいない。


 ほぼ木のままの棍棒を持っているだけの者から、どこかで拾ったか誰かから奪ったか、鉄製の剣を振り回している者もいる。


 身に付けているのはボロになった布切れがあればいい方で、裸のままの個体が圧倒的に多い。


 ハーピィは素早く死体を回収し、運搬役は早々に戦場を離脱した。空を見上げるゴブリンは地団太を踏み恨みの声を上げているが、届きはしない。


 また彼らの危機は去っていなかった。離れていったハーピィは運搬役の数匹だけ。残りはまだ巣の中の子どもを狙っている。


 巣の中からわらわらとゴブリンたちが臨戦態勢で出てくる。代わりに、先に出てきた一団は引っ込んだ。


 新しく表に出て来たゴブリンたちは、これまでの個体よりも一回りは大きい。そして驚くべきことに、全員しっかりと武装をしていた。


「……あ。これヤバいやつかもしんねー」

「ヤバい? って、何が?」


 コーデリアの疑問にロジュスが答えるよりも早く、ハーピィたちが時間差を付けつつ一気に急降下する。対してゴブリンたちが盾を掲げて迎え撃つ構えを見せた。


 両者が激突した、正にその瞬間。


凍花の(フリージング)嵐波(ウェーブ)


 容赦なく、ラースディアンの呪紋が場を支配した。


 吹き付ける青い風に触れると同時に、ゴブリンもハーピィも氷の彫像と化していく。全身に冷気が行き届くと、粉々に砕けて地に落ちた。


 呪紋の効果範囲にいたほとんどの魔物たちは絶命したが、事前にロジュスが言っていた通り全員ではない。


 運良く逃れることのできた数体が、冷気が吹き付けてきた方角――コーデリアたちの方を向く。


 一方のハーピィたちは、仲間を多く失い、この場の狩りを諦めたようだった。僅かに残った数匹が、空の彼方へと飛び去って行く。


 盾と剣、簡単な革鎧を身に着けたゴブリンたちは、すぐに向かってはこなかった。代わりに鳴き声を上げ、洞穴の方をしきりに気にしている。


「コーデリア、行くぞ。待っていたらラスが乱戦に巻き込まれる」

「分かった!」


 ロジュスが弓を仕舞って短剣を手にして、その間にコーデリアは駆け出した。


 ギィィ!


 姿を見せたコーデリアへと、ゴブリンたちは威嚇の声を上げつつ身構える。手にした剣は大分錆びていた。


(切れ味が良さそうな磨き抜かれた剣も怖いけど、あれはあれで切られたくないわね……!)


 コーデリアの装備は前腕の半ばから手の甲までを金属で守る小手と、指先を抜いた薄手の布の手袋が組み合わさってできている。


 呪力を流すのに最も適しているのが素手だから、すべてを覆いたくはなかったためだ。


 型も何もなく振り回されるゴブリンの剣。本人は軌道を読まれないように縦横無尽に振るっているつもりだろうが、何の技術も納めていないせいで結局自分が一番やりやすいようにしか動かせていない。

 見切るのは難しくなかった。


(ここ!)


 左の小手で思い切り剣の腹を叩き、剣先を明後日の方向へと向ける。握力もあまり強くないのか、コーデリアの見込みよりもさらに幸いなことに剣はゴブリンの手からすっぽ抜けた。


「ギッ!?」

「やっ!」


 手放してしまった武器へと顔を向けてしまったゴブリンへと接近し、コーデリアも躊躇なく拳を心臓へと突き出した。


 触れた瞬間に体の内側でゴブリンに流れるマナが逆流し、動きが乱れる。


「ギャッ!」


 短い悲鳴を上げてひっくり返り、地面に仰向けで倒れたときにはもう息をしていない。


 続いて周囲に目を向けると、ロジュスはコーデリアを庇うように立ち回りつつ、すでに数体を片付けていた。


(よし。これなら大丈夫そう――……)


 そう、僅かに余裕を感じたその時。コーデリアの全身にぞわりと悪寒が走る。


「!」


 悪寒を覚えた先は洞穴。入り口が身の丈と比べて低いのか、腰を屈めて表に出て来た。


『それ』は周囲のゴブリンたちよりも、大分大柄な個体だった。肌の色も赤ではなく、青黒い。余計に人からかけ離れた容貌となっていて、最早完璧に『鬼』だ。


「あぁ、やっぱりいたか……」

「あれもゴブリンなの?」


 明らかにゴブリンとは違うが、全く違うとも言えない。コーデリアの印象からすると、同じ種の強力な個体、といった気配だ。


「ホブゴブリンってやつだ。ゴブリンが進化して、群れが形成されてるとリーダーになる。油断するなよ。見た目は似てるが別物だ」


 そのロジュスの言葉を肯定するかのように、ホブゴブリンはコーデリアたちを見回して口を開く。


「ニンゲン、か」

「喋った!?」


 声帯も、普段使っている言語も違うせいだろう。かなり聞き取り難い。

 しかしホブゴブリンが喋ったのは、間違いなく人語だった。


 驚いたコーデリアを一睨みして、ホブゴブリンは鼻で笑う。


「エサのブンザイで、騒が、シイ。――死ね」

「生憎、わたしたちは餌じゃないわよ」


 目の前のホブゴブリンは、コーデリアが相対したどの魔物よりも強い。それを体が教えてくれる。

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