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三話

「す、すみません。よろけてぶつけちゃって」


 コーデリアはとりあえず、聞いてしまった話については言及しないことにした。どういう顔をすればいいかが分からなかったので。


「まだ体が本調子ではないのでしょう。大事ありませんか?」


 神官たちはコーデリアの言い分を鵜吞みにしたわけではないだろうが、追及もしてこなかった。


「あ、大丈夫です。多分」


 静かな場所だったから大きな音で響いたような気がしたが、実際にはそうでもないのだろう。

 事実、ぶつけた額の痛みはもうそれ程ではない。


「そうですか。しかし念のために癒しておきましょう。頭というのは繊細な組織でできています。大したことがないように思えても、内側で重大なことが起こっている可能性もありますから。軽視しないように」

「は、はい……」


 神官は言った通りに癒しを行うための呪紋法陣を自らの呪力で宙に描き、コーデリアを癒してくれた。僅かに残っていた痛みも綺麗に消える。


「これでよいでしょう。ところで、なぜこのような所に? 何かありましたか?」

(わたしのこと、個人として認識してる……。やっぱりさっきの話に出てたの、わたしのことっぽい)


 神官のコーデリアへの対応は、大勢の負傷者のうちの一人、という気配ではなかった。絶望的な気分でコーデリアはそれを認める。


 だが今ここでその話を持ち出そうとは、やはり思わなかった。コーデリア自身、確認したところでそのあとどうすればいいのかが分からない。


(まずはちょっと、一人で考えたい)


 なので知ってしまった先の不安とは別に、部屋を出た本来の目的を果たすことにする。


「あの、神殿にお世話になっていて今日は泊まることになったからって、両親に伝えておきたくて。どうしたらいいでしょうか」

「ああ、それは……失念していました。さぞかし心配なさっていることでしょう。住所を教えていただければ使いを出しますが、どうしますか?」

「お願いします」


 自分の身の上を明かすのを、コーデリアはためらわなかった。

 聖職である神官を務めている人間が、知り得た情報を悪用するはずがないからである。


(それにこの人たちは、悪い人じゃないと思う)


 よく知らない相手だ。良い人とは言い切れない。


 しかし彼らは禍刻紋を印されてしまったコーデリアのことを、まず心配してくれた。頭をぶつけたときもそうだ。


「言伝でよろしいですか? 一言でもいいので手紙があれば、ご両親もより安心されるかと思いますが」

「あ、そうですね。じゃあ、えっと……」

「紙とペンと部屋にお持ちしましょう。少々お待ちください」

「分かりました。じゃあ、先に戻らせていただきます」


 ありがたく、神官の提案を受けさせてもらうことにする。


「ご案内しましょう」

「すみません。お願いします」


 必要はなかったが、コーデリアは神官の親切に頭を下げた。善意をわざわざ拒絶する理由はない。

 角二つ程度の短い距離の移動だ。すぐに着く。


 神官はコーデリアを送り届けると、一礼をして去っていた。


 コーデリアもお礼を言って見送って――一人になった途端、顔にどうにか浮かべていた笑みが消える。


(禍刻の主の、討伐。できなければ、殺されてしまう)


 無茶苦茶だ。だが自らが生き延びるために、世界を滅ぼすわけにはいかない。


(というか、世界が滅びたら結局わたしも死ぬし。禍刻の主の生贄って言ってたから、その前にやっぱり殺されちゃいそうだし)


 相手が違うだけで、コーデリアが迎える結果は同じだ。


 そして世界にとっては、魔物の生贄になられて世界が滅びるよりは自分たちの手で殺めた方がよい。


 ではコーデリアが生き延びるために逃げ続ければいいのかと言えば、そちらも現実的とは思えなかった。


 全人類の目、そして巨鳥の目、もしかしたら巨鳥に従う魔物の目を誤魔化して逃げ続けられる気はしない。


(だったら、やってみるしかないんじゃない)


 神官たちの話では、禍刻の主は武才のある人間を選ぶのだと言う。


(生贄にしたとき、強い方が自分の力が増すとか、そういう理由かなあ?)


 巨鳥の選定基準はよく分からないが、存在そのものから遠すぎる相手。考えなど推し量ろうとしても無理だろう。


(巨鳥は迷ってたけど、もう一人を選ぶとかをするわけでもなく去っていったわ。わたしにも可能性を見出したのかも)


 たとえ一人しか選べない何らかの縛りがあったとしても、コーデリアを殺してから、改めて禍刻紋とやらを望む相手に付ければいいだけの話。


 ……そう信じるしかない。


 不安ながらもコーデリアがそう結論付けたところで、扉が叩かれた。


「失礼します。紙とペンをお持ちしました」

「あ、はーい。今開けます」


 応じて立ち上がって、意識的にいつも通りの声を出すよう努力する。

 まずは両親に、無事を知らせる手紙を書くのだ。


(後のことはそれからよ)


 別途に留め置かれていると言うことは、神殿からも何かしらの話があるに違いない。

 希望が持てる話であることを信じて、コーデリアは目先のことに集中することにした。




 手紙を託したらやることもなく、運ばれてきた夕食をいただいて腹休めをした後は、すぐにベッドに入って眠ってしまった。


 そして翌朝。


 早くに休んでぐっすり寝たおかげか、疲れていたはずだが意外にすっきり目覚められた。

 朝食を採ってしばらくすると、ラースディアンが部屋を訪れる。


「神官長より、大切なお話があります。一緒に来ていただけますか?」

「分かりました」


 望んでいた通りの言葉だったし、耳を塞いで拒否したところで解決はしない。うなずき、コーデリアはラースディアンの後に付いて部屋を出た。


 通されたのは厳粛な雰囲気の満ちる神殿内の中でも、一際重厚な木製の扉の奥。


「失礼いたします。コーデリア殿をお連れしました」

「ご苦労」


 コーデリアとラースディアンを迎えたのは、初老の男性だった。背筋を伸ばした立ち姿は美しく、重ねた年齢相応の威厳を窺わせる。


「初めまして、コーデリア殿。わたしはマジュ神殿を預かっておりますセドリックと申します」

「は、はじめまして。コーデリアです」


 普段、長と名前の付くような人物と関わることのないコーデリアだ。自然と背筋が伸び、緊張で喉が渇く。

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