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二十八話

 若干の話し合いの結果、奥からコーデリア、ラースディアン、ロジュスの順に横になった。


 天井に吊るしたランタンを消すと、外から漏れ入ってくる光だけとなり、ほぼ暗闇と呼んで差し支えない。


 その中で目を閉じて、コーデリアは今日起こったことを思い返した。


(禍招の徒、か……)


 マジュの町にいた頃は、耳にすることさえなかった集団だ。アルディオの言を信じるならば、定期的に征伐されているから勢力が伸びずに知らずにいられたのだろうか。


 だからきっと、数は少ない。それは事実だろう。


(でも、いなくならないとも言っていたわ)


 彼らはコーデリアをぜひとも禍刻の主に捧げたいはずなので、いずれ存在が知られたときは戦うこともあるだろう。


(向こうはきっと、わたしを生贄としてしか見ない。そんな人たちに容赦なんかできない。できるほど強くもないし)


 理性はすでにどうするべきかの答えを出している。

 しかし同じ人間と争うだろう未来を考えると、どうしようもなく憂鬱となった。


(嫌だけど。考えてはおこう)


 もしかしたら人を殺すことになるかもしれない、そんな事態を。




 ピピピ、チピピピピピ――と、聞き慣れた小鳥の声で意識が覚醒する。


「んん……」


 数度瞬きをして、しっかりと思考まで浮上させた。


(そっか。遠くまで来たと思ったけど、鳥はマジュの町と変わらないのね)


 よく考えれば人間だってこうして広範囲に生息しているのだ。案外、世界はどこでも変わらないのかもしれない。


 そんなことをぼんやり考えつつ、身を起こす。


 ラースディアンとロジュスの姿は見えない。もしかしたらコーデリアに気を遣って外に出ているのかもしれなかった。


(ありがたい、けどだからこそ、気を遣わせっぱなしというのは申し訳ないわね)


 一度大きく深呼吸をしてまだ眠りたがる体に目覚めを要求すると、コーデリアは手早く身支度を整えて外に出た。昨日一通りキャンプを回ったので、水場なども把握してある。


 ゴブリン討伐のためのキャンプ地となっているため普段より確実に人は多いだろうが、そうでなくとも山越えのための休憩所としては元々利用されていたのだと思われた。


 年代物の設備がいくつかある。井戸もその中の一つだ。

 寝床として割り当てられているテントの近くのそこかしこで、白い煙が立ち上っているのが見える。早、朝食の準備を始めている人々がいるのだ。


(報奨金そのものは討伐数によるって言ってたから、本気で稼ぎに来ている人もいそうよね)


 もちろんコーデリアとて、旅のためにもお金はいくらあってもいい。基本的な旅費は国庫に頼れるとのことだが、そのうち禍刻の主討伐のためか私用か迷うものも出てくるかもしれない。


 そういったとき、罪悪感を覚えないためにも自分の懐もある程度温かくしておきたいものだ。


 ただ、今はそれよりも身の安全を計りつつ経験を積みたい。なのでコーデリアは無理に討伐数を稼ごうとは思っていなかった。


 顔を洗って、テントに戻る。二人はまだ戻ってきていない。


 当然だろう。そんなに都合よく現れたら、むしろどこかで見張られていて、タイミングを見計らって出てきたと考えるべきだ。


(じゃ、先にご飯の支度をしちゃおうかな)


 待っているだけというのも時間をもったいなく感じてしまう。


 テントの前には使い込まれた焚火のための石組みがある。古くから山越えの前の休憩所として使われていたものだと察せられた。


 ゴブリン退治のために人を集めた分増設された物も多いはずだが、コーデリアたちが割り当てられた場所は以前からあった物のようだ。


 木を組み、近くの篝火から火を分けてもらって、移す。簡易の板の上でざっくりと材料を切り、火にかけた鍋の中に投入。


 乾燥させて粉末にした各種ダシを加えて味を調え、スープを作る。と、その辺りでラースディアンとロジュスが戻ってきた。


「――っと、少し遅かったか。悪いな、一人でやらせて」

「大丈夫。時間があったから始めようって思っただけだから」


 今日がたまたまコーデリアだっただけだ。


「それにしても、良い香りですね。材料がふんだんに選べるわけでもないのに見事です。私も見習わなくては」

「ま、美味い物を食べたかったらその方がいいな。俺は基本、宿に泊まりたいけど」

「わたしだってそうよ」

「私もですよ、勿論」


 娯楽としてのキャンプはともかく、やむを得ずの野宿は決して楽しくはない。


 そんな話をしている間に煮えてきたので、更に取り分けて食事にする。主食は水分を減らして保存性を高めた硬めのパンなので、スープの水分が必須である。


「うーん。多少影響はあるっぽいけど、菓子より力の伝導率はよくなさそうだな。相性の差か?」

「ええ……? 野菜との相性がよくないってこと? ……でも確かに、何となく呪力を送り難い感じはしたかも」


 野菜よりもお菓子の方が好きだ。その点において、コーデリアは確信している。

 しかし野菜を軽視しているわけでは決してない。


(ご飯はどれも大切だから、相性がよくないっていうのは寂しい……)


 むしろこれは積極的に改善していくべきなのではないだろうか。

 手元のスープを見つめて真剣に考えるコーデリアに、ロジュスは苦笑しつつ手を横に振る。


「いや、単に得手不得手の話だろ。呪紋が得意な奴だって武器を使うのが得意な奴だって、何でも同じように扱えるってわけじゃない。そんな奴の方が稀さ」

「それは確かに」


 ロジュスの説明に倣うのならコーデリアは武器を使うのが得意な方に入るが、その中で適性がありそうなのは体術だけだ。


 すべてが得意であれば言うことはないが、人間、そんなに器用ではない。


(力の得手不得手ってだけなら、そこまで気にしなくてもいいのかも。一番好きなお菓子と相性がいいのは、個人的には喜ぶところだし)


 食べるという後の行動を考えると、効率的でさえあるかもしれない。

 肉や魚をガッツリ調理して食べるのは腹に溜まるが、クッキー一枚なら軽く摘まめる。


(でも全然だめってわけじゃない。こっちも練習してみようっと)


 練習すれば上手くなる。それが牛歩の歩みであろうとも間違いなく。

 コーデリアはこっそりと目標を一つ追加した。


 食事を終えたあと、一昨日の夜に作ったビスケットの残りを全員で消化する。日付的にもそろそろ片付けたかったので意図的だ。


 ただ、予定通りではある。食べて消化されていくに従って、体に宿る呪力が活性化されていくのが感じ取れた。


 腹休めがてら雑談を交わしつつ時を過ごし――一時間ほど経った頃だろうか。ぽんとロジュスが手を叩いて立ち上がる。


「よし。そろそろ行くか」

「ええ、そうしましょうか」

「分かったわ。行こう」


 コーデリアにとってこれまで、魔物とは人を襲ってくる生き物だった。


 その相手を、今は自分が襲いに行こうとしている。どこまでできるかは分からないが、間違いなく戦うつもりで向かおうとしているのだ。自分たちの暮らしを護るために。


(もし、人が皆で戦う気概を持って立ち向かったら)


 果たして、世界は変わるのだろうか?

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