二十七話
「ゴブリンたちはどうでしたか?」
「酷いものだ。右も左もゴブリンだらけ。馬の脚に頼って強引に駆け抜けてきたが、二回はやりたくない」
「馬、ですか? でも……」
アルディオが運び込まれたとき、馬の姿はなかった。コーデリアの戸惑いに、アルディオは沈痛な表情でうなずく。
「途中で犠牲にしてしまった。馬には悪いことをした」
「そう、ですか」
悪いことを聞いてしまったと、コーデリアは反省する。明らかなのだから察するべきだったのだ。
「微力ながら、私も勿論ゴブリン退治に参加しよう」
「ありがとうございます。心強いです」
王都の騎士ならば、きっと相当に強いのだろう。そう期待で瞳を輝かせてコーデリアは言う。
「あ、ああ、うん。努力しよう」
「いえ。騎士殿は小さくはない怪我を負ったばかり。今は治療に専念した方がよいでしょう」
「そうそう。無理するなよ」
コーデリアの期待とは逆に、ラースディアンとロジュスはあまり賛成していないようだ。しかし言っていることはもっともである。
「すみません、先ほどから考えなしに。そうですよね、病み上がりの人を戦いに駆り出すなんておかしな話です」
王都の騎士という響きに惑わされすぎていたようだ。
どこに所属する誰であっても、人間である。そのことを忘れてはならなかった。
しかし無理のないことでもあるのだ。
コーデリアにとって、王都も騎士も遠すぎる。伝わる評判も勇壮なものばかり。意図的にそうされているのだ。誤解をするなという方が無理である。
「いやいや! 言い出したのも私だ。貴女に謝ってもらうことなどない」
「そういっていただけますか? ありがとうございます」
気を遣って言われた言葉に対して、配慮もできなかった愚かな小娘に対してなんと寛大な処置だろうか――と、コーデリアはアルディオの言葉を額面通りに素直に受け取った。
むしろそれに再度良心の呵責を覚えた様子で、アルディオは眉を下げてしまう。
「コーデリア殿、どうぞ、そのあたりで……」
「本気だから辛いことって、あるよな……」
「どういうこと?」
ラースディアンとロジュスは揃って苦笑いをしている。理由が分からずコーデリアが首を傾げても、二人は無言で問いをかわした。
「ま、後の話は王都に着いてからにしようぜ。あんまり騒がれるのはコーデリアのためにならないだろうし」
「異論ない」
ロジュスの言葉にアルディオはうなずく。コーデリアも全面的に同意する。
(今回の禍刻紋の持ち主は弱そうだった、期待できない――なんて話、蔓延させたくないものね)
本当に誰のためにもならないので。
あえて言うのならば禍招の徒は喜ぶだろうが、絶対に喜ばせたくない。
「我々のテントはこの前に設置されている物になります。何かありましたらお声がけください」
「分か……ん? 待ってくれ。君たち全員でか?」
「言いたいことは分かるが、むしろここはコーデリアを一人にする方が危ないだろ」
部屋の四方に頑丈な壁があり、鍵のかかる扉が守ってくれる宿屋とは違う。
「ラースディアン様とロジュスは大丈夫です。ね?」
「勿論です」
「や、俺はどうかなー。フラフラ行くときゃ行くかも……、痛って! 馬鹿、冗談だろッ」
言葉の途中で思い切りラースディアンに足を踏まれ、ロジュスは非難の声を上がる。だが帰ってきたのは微塵も揺らがない冷ややかな視線だった。
「状況に相応しくない冗談です。面白くない」
「……くっそ分かったよ。確かに今のは俺が悪かった。人道に外れることはしないから安心してくれ、コーデリア」
「うん」
二人にコーデリアを襲う意思があれば、ここまでの道中すでに無事ではない。だからこそコーデリアは、女としての身の安全という意味での心配は二人に対して本当にしていなかった。
とはいえ異性と共に寝るのが気兼ねないかというとそんなことはないので、今後もできる限り寝所は分ける所存である。
「では、今日の所は失礼させていただきます」
「ああ。君たちもゆっくり休んでくれ」
「お気遣い、感謝いたします」
やや深く頭を下げたラースディアンに倣ってから、コーデリアたちもアルディオのテントを後にする。
(もう陽も落ちるわね)
あとできることと言えば、携帯食をかじって眠るぐらいか。
明りは灯されているが、夜になれば視界は悪くなる。まだ空に光が残っているうちに、テントに引き上げることにした。
頑丈なものではないとはいえ、周囲からの視線が遮断されるだけでもテント内は外よりずっと気が抜ける。
「明日から、わたし達もゴブリン退治をするんですよね?」
「そのつもりですが、気になることでもありましたか?」
「討伐隊、って名目で集められてますけど、それぞれで勝手に動くんでしょうか。まとまっての作戦会議もないみたいですし」
レフェンの政庁から派遣されている役人が指示をするのかと思ったが、そんな様子もない。
彼らは自分たちの仕事を銀貨を渡すことと、持ち逃げする者が出ないよう見張ることだけと考えているようだった。
実際、上からの指示はそうなのかもしれない。
「個人で活動している傭兵たちを統一して動かすのは難しいでしょうからね。個々の判断で臨機応変に、ということでしょう」
「用兵も知らない人間が無理にやるよりゃ賢明さ。討伐できなかったらまた考えるんだろうが、言ってもゴブリンだし」
警戒を怠らず、深入りはせず、慎重に叩く、を徹底すれば怖い相手ではない――というのが全員一致した見解なのだ。
「……ゴブリンって、亜人種なのよね? どれぐらい人っぽいの?」
ランペイジボアはほとんど獣型の魔物だったから、そこまでの抵抗感はなかった。
ゴブリンが人に害をなす魔物だと言うことは分かっているが、それでもあまりに人っぽい姿をしていたら、きっとやり難いだろうと思う。
「あー、大丈夫大丈夫。全然人じゃないから」
「ええ、シルエットだけでも見間違えようがないぐらい、魔物ですよ」
「そうですか」
少しだけほっとする。
「さって。今日はもう休むか。コーデリア的には、やっぱり隣はラスの方が安心だよな?」
「ええと……。うん、そうかも」
職業上の信頼度が加味されて、ラースディアンが勝る。
「だ、そうだ。よかったな、ラス」
「そうですね。さすがに後から加わった貴方に負けたくはありません」
数日ではあるが、明確に存在する日にちの差である。