二十六話
「では、ゴブリンとの件は特に関連なし、ということでいいのでしょうか」
「ああ、ないと思う。むしろあったら、また対策を考えなくてはならないな」
魔物の大量発生を人為的に助ける手段が確立されているのなら、大変なことだと言っていい。
(考えたくもないわね)
想像するだけでぞっとする。――が、だからこそ無関係だと確定するまでは、可能性だけは捨てずに頭の隅に残しておくべきだ。
「分かりました。お疲れのところに質問を重ねて申し訳ありません。ロジュス、キャンプの責任者の方に話をして、ゆっくり休める場所を提供していただきましょう」
「いいぜ、行って来る。君も来てくれるか?」
「ええ、勿論」
ロジュスに求められるまま、コーデリアは彼と共にその場を離れた。もし名前を交わす流れになれば、騎士がコーデリアに反応を示すのが予想できたからだ。
コーデリアとロジュスがキャンプを管理している役人たちの元へと向かうと、丁度新たに来た討伐参加者が銀貨を受け取り終えたところだった。
「すみません、少しいいですか」
「はい、どうしました?」
声を掛けると、そんなおっとりとした返事が来る。山側で起こった騒ぎはまだ届いていないようだ。
ということは、コーデリアたちが報告第一号となる。
「王都から来た騎士の方が、怪我を負って辿り着かれています。怪我自体は呪紋で治されていますが、疲れてはいると思うので……。休める場所を提供していただけませんか」
「討伐に参加してくださる傭兵の方々と同じテントであれば、充分に余裕があります。そちらで大丈夫でしょうか……?」
「問題ないんじゃないでしょうか」
欲を言えば、心身を休めるのにはもっとしっかりとした造りの寝所や頑健な建物が望ましい。だが町でもない場所で望める施設でないことは分かっているはず。
むしろゴブリン討伐で人々が集っていた分、普段より余程物がある状態だ。騎士にしてみれば幸いだっただろう。
なのでコーデリアはあっさりうなずいたが、担当している役人は不安そうだ。
「下々の者と同じ扱いなど何事かと、お怒りになりませんかね? 騎士ってことは貴族でしょう?」
「え。でもここで休憩以上のことを求められても困りますよね?」
常識的に考えれば、必要最低限の実しか用意されていないのは当然だろう。
「そうなんですが、現実を無視した無茶を言って来る人もいるので……」
「そう、なんですか?」
マジュの町に常駐の貴族はいない。町の政庁を預かっている代官がいるだけだ。その代官も貴族出身ではないと聞いたことがある。
何分コーデリアには関わる機会のない人物なので、印象というものさえ存在しない。
「ま、あまり理不尽な性質じゃなさそうだから大丈夫だろ。とりあえず手配を頼む。人数は五人だ。どこなら空いてる?」
「順番としては、貴方方のテントの真後ろです。そこと左隣を使っていただければ充分かと」
「じゃあそこを使わせてもらおう」
護ろうとしているコーデリアの近くだ。騎士たちにも否はないはず。
「早速案内してきます。ロジュス、戻ろう」
「おー」
そろそろ、他の騎士たちも目覚めているかもしれない。移動するには丁度良い頃合いだろう。
コーデリアとロジュスが戻ると、予想通り、騎士たちは身を起こして座り直していた。
「どうでしたか?」
「大丈夫でした。空いているテントにご案内しますね」
「助かる。よろしく頼むよ。ええと……」
騎士はコーデリアへとどう呼びかけるべきかを迷った声を出す。ざっと辺りを窺うと、集まっていた傭兵たちはもう散り散りになっていた。
(名乗っても大丈夫そうね)
自分たちに無関係なことに聞き耳を立てている暇人もいない。
「わたしはコーデリア・カーウェンといいます」
「コ……!」
「あ、大声はストップ」
やはり名前の報告は行っていたのだ。
騎士は身を乗り出してコーデリアの名前を呼ぼうとしたが、ロジュスに遮られて言葉を飲み込んだ。
なぜ止められたかを騎士も理解していて、はっとした様子で口を閉ざす。それから乗り出していた姿勢を正した。
「では、貴女が」
「はい」
うなずき、言葉少なに肯定を返す。
「件の用件をお伺いしたいところですが、外で声高にする内容ではないかと存じます。まずはテントに移動してからでいかがでしょうか」
「そうだな、神官殿の言う通りだ。では、早速案内してくれ」
「はい」
彼らに割り当てられたテントまで移動すると、話をしていた男性ともう一人だけが中へと入った。残りの三人は外で見張りに立つようだ。
「コーデリア殿。それから、そちらのお二人も中へ」
促されるまま、中へと入る。五人も入るとさすがに手狭だ。
騎士二人が奥に、入り口側にコーデリアたちが並ぶ。
「まずは自己紹介をしておこう。私は近衛騎士団第三部隊副隊長を務める、アルディオ・クースという。以後、よろしく頼む」
「副隊長、様」
最早どれぐらい偉いのかがコーデリアには分からないが、はっきりしていることもある。
間違いなく、焼き菓子店の娘とは本来一生口を利くこともないだろう人物だということだ。
「コーデリア殿。先ほど伝えたように、私は貴女を護衛して王都まで安全に連れていくために派遣されてきた。ここにいるということは、貴女も王都へ向かうつもりに相違ないか?」
「はい。行き違いにならなくてよかったです」
「まったくだ」
擦れ違うことも普通に起こり得ただろう。その場合はマジュの町から足跡を辿るはずなので、いずれは出会えたと思われるが。
(王都に……っていうのは、禍刻紋の状態を把握して、いざというときは……。のためよね。きっと)
旅費、というか必要経費は国から支援されるとラースディアンは言っていた。その援助を受ける限り、国の捕捉から逃れることは不可能である。
かといって私財で旅をし続けられるほど、コーデリアの懐に余裕はない。行く先々で仕事を受けて路銀を稼ぐ、というのも現実的ではないだろう。
(金策に走っている時間があるなら、鍛錬しろって感じだしね……)
世界のためにも、コーデリア自身のためにもだ。国が支援をするのも、少しでも禍刻の主討伐の可能性を上げたいからに他ならない。
「では、すぐにでも王都へ……と言いたいところだが」
「まずはゴブリンたちとなんとかしないと、ですよね……」
「そうなる」
山を越えてきたと言うことは、現状を直接見たということ。思い出したのかアルディオは苦い表情になる。