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二十三話

「そうでしょうか?」

「はい。勿論わたしだって死にたくないですし、ましてや魔物が今以上に強くなる世の中なんて絶対阻止したいと思っていますけど」

「けど?」

「……している努力が負けている気がします」


 より申し訳なさが増すし、やらねばという気持ちにもなる。


 コーデリアとて時間を無為に使っているわけではない。空き時間があれば積極的にロジュスの指導を受けている。


 旅の最中なので、無理のない範囲でには収まるのだが。


 八割方は頑張ろうと奮起するのに役立ってくれているが、二割ぐらいは疲れを感じているのも確かだ。


「そのようなことはありません。そもそも、何をどこまでできるかは個人によって異なります。個人の個性を無視して一律に規定を定めても、効率を損なうだけになるでしょう」

「そういうものでしょうか?」

「少なくとも、私はそう考えます。とはいえ同じ人間でもありますから、一般的と呼ばれるラインを定めることは不可能ではないとも思っていますが」

「難しいですね」


 つまりそれは、万人に適合する確かな答えはないということではないだろうか。


「集団の規定について考えると、そうですね。ですが個人としては自身の体と相談して決めればよいのではないでしょうか。私と比べる必要はありません。私も、人と比べないよう心掛けています」

「ラースディアン様も、ですか?」


 意外だった。他の人に努力で負けている気がする――なんて感情を抱く余地などなさそうな人だと思っていたのだ。


 誰よりも努力をして、しかもそれが当然と言わんばかりの涼しい態度でいるような印象を持っていた。


「勿論です。そうでなければ焦って無駄な無理をしかねませんし、心も落ち着かない」

「まさに今のわたしですね」

「そう言えてしまうのなら、確実に無理をしています。もう少し気を楽にするべきかもしれません。難しくとも」


 張りつめすぎるのはよくない。それはコーデリアにも理解できる。

 だがどうしても考えてしまうのだ。与えられた時間はどれほどであるだろうか、と。


「実際に禍刻紋を身に刻まれた貴女の不安は、他人である私には推し量れぬものでしょう」


 コーデリアが浮かべた沈痛な表情を前に、ラースディアンはそう気遣う言葉をかける。


「ですが『今』、時間が残っているのは確かです。焦り過ぎず、一歩ずつ進んでいきましょう」

「はい」

(そうよね。結局、出来ることからするしかない)


 このお菓子作りもその一環である。


(もっと上手く作れるようになったら――……。身体強化まで見込めるようになるかも? なんてね)


 自分の想像ながら、荒唐無稽で少々おかしい。だが、くだらないことを考えたおかげで一方向に偏りかけた思考を止められた気がする。


(うん。ラースディアン様の言う通り。まったり頑張ろう)


 まずは明日のために、美味しいビスケットを焼くのだ。




 翌日の朝、コーデリアたちはレフェンの町を発った。そして山の麓に着いたのは夕方の少し前。およそ半日というロジュスの言葉は正しかった。

 拠点となるキャンプができているという予測も。


 許可証を見せて銀貨を受け取り、討伐は明日から参加することにした。今日は討伐に備えた準備だ。

 山全体の地図が張り付けられているテーブルに集まり、状況の確認をしていく。


「ところどころに赤いバツ印があるけど、これって何を示してるの?」

「交戦場所じゃね? これを見るに、あんまりはかどってないみたいだけど。……どれをどっちが作ったのか、明らかに分かるな。あらゆる意味で」


 昨日のコーデリアとラースディアンの成果を口にしながら、ロジュスはそんな容赦のないことを言う。


「……修行中ですから」

「おー、いい心掛けだと思うぜ、若人よ。その調子で頑張んな」

「若人って、ロジュスだってそんなに変わらないじゃない」


 せいぜい、一つか二つだろう。


 コーデリアからすると少し離れている印象になるが、ラースディアンとロジュスであれば同年代と言って差し支えあるまい。


「んー? そこはまあ、人生経験の差ってことで」

(余程濃密な人生を歩んできた自信があると……? ……違う気がする)


 どちらかと言えば、ただ煙に巻こうとしている印象だろうか。


「評価は甘んじて受け入れますが、地図には落とさないように気を付けてくださいね。おそらく町の備品ですし、他の方も使っているわけですから」

「分かってるって。だから距離は開けてるだろ?」


 一口で放り込みつつ、「うん、上手い」とコーデリア作のビスケットには高評価を付ける。


(まあ、それはともかく)


 さくさくと減っていくビスケットから目を離し、コーデリアは地図を見た。


「討伐に取り掛かってから、あんまり時間が経っていないんでしょうか」

「そうかもしれませんね。……また随分と都合のいい感はありますが」

「確かに……」


 宿場町に続いてだ。

 考えすぎだと言われても否定できないが、まるでコーデリアが訪れるのに合わせたようではないか。


「それだけ魔物が活発になってるんだろ」

「そうかもしれないけど」


 自分のことだと、つい過敏な不安を感じてしまう。致し方ないことだろう。


「禍刻の主の前に経験を積むって意味じゃ便利だが。ゴブリンの群れは今のコーデリアにはちょっと難度高いよなあ」

「そうなの? 一体一体はそう強くないって聞くけど」

「大別すればな。ただ、ピンキリだからあんまり油断してると死ぬ。数が多いから変異体が生まれやすかったりもするし、ちょっと長く生きた奴は相応に知恵もつける」

「特に今回のような場合は、罠にも警戒した方がよいでしょうね」


 コーデリアが見たことがある魔物は、先日宿場町で戦ったランペイジボアだけだ。魔物が罠を使うイメージは、正直湧かない。


(ゴブリンというのは確か、赤黒い肌に長い耳をしていて、爪と牙が鋭い。体の構成はほぼ人と一緒で、頭が一つ目は二つ、鼻と口が一つずつ。身長は百二十センチから百五十センチぐらい――だったっけ)


 分類上は鬼族とされていた、気がする。


「ま、様子見ながら慎重に、確実に討伐していきゃいいさ。備えて無理をしなければ、致命的なことにはならないだろ」

「そうですね。私たちだけで向かう訳ではありませんし――……」


 ロジュスに同意したラースディアンがうなずいたところで、やや不自然に言葉を切る。理由はすぐに分かった。


(なんだか、山の方が騒がしい……?)

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