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二十二話

 コーデリアたちが取った宿は、宿場町と同じく調理場を貸してくれる所を選んだ。このサービスは宿によってあったりなかったりだ。

 客層や主人の経営理念によるのだろう。


「よし。じゃ、始めますか」

「――失礼、コーデリア殿。少しよいですか」


 コーデリアが気合を入れて取り掛かろうとしたところで、そうラースディアンに声を掛けられた。


「大丈夫です。どうしたんですか?」

「私もご一緒させていただけないかと思いまして」

「えっ」


 意外だった。つい心情そのままの声を出してしまったが、ラースディアンの微笑に変化はない。


「構いませんけど、どうしてですか?」

「私の得手は呪紋です。正直に言って、体術の才はろくにないと思います」

「はあ……」


 ラースディアンは才識者に持ちえた才覚を見てもらったはずなので、事実だろう。


「ですが苦手であろうとも、修練を積んだ分だけ身になるのは間違いありません。これから先、体を動かすのは得手ではないなどとは言っていられないと思うのです」

「それは確かに」


 基本、後衛にいてもらうとしても、敵の攻撃が全く届かないなどということはない。


「ですので、一緒に鍛錬をさせていただこうと考えました」

「――」


 言っている内容は嘘ではないだろう。彼は必要性を意識している。

 しかしラースディアンの意図が口にしたままだけではないことは、コーデリアにも察せられた。


(きっと、親睦を深めようとしてくださっての提案でもあるわ)


 少しずつ話しやすくなっているとは思うが、距離感はまだ遠い。ロジュスが親しげに振舞うのも影響しているかもしれない。


(結構、負けず嫌いな方のような気もするし)


 ラースディアンは普段、勤めて穏やかに振舞っているが、長く時を過ごせば段々と透けて見えてくるものだ。

 人々が理想とする神官らしくあろうという意思も、彼の真実ではあるのだと思う。


(そこはちょっと親近感……)


 年上でもあるし、自分よりずっとしっかりしている人だという認識は、コーデリアの中でまったく変わっていない。


 だが同時にあまりにも『らしい』部分は、頑張って作っているのだと分かってほっともした。

 完璧な人間など早々いないのだろう。むしろそんな人物がいたら、最早人ではないのかもしれない。


「分かりました! じゃあ、一緒に鍛錬しましょう」

「はい」


 コーデリアが快諾すると、ラースディアンは嬉しそうに微笑んだ。

 小麦粉をふるいにかけ、水と混ぜ合わせて生地にする段階でコーデリアは呼吸を整えた。


(自分の体を巡る呪力を、意識する)


 初めにラースディアンが評したように、コーデリアの呪力の総量は少ない。それでも、血液とはまた別に体中を巡る『力』の存在は感じ取れるようになった。これはロジュスの手ほどきのおかげである。


 認識できるようになったその力を、手の平へと集中させる。

 コーデリアの手が触れた生地の部分が、仄かに白色に輝いた。


(分かる)


 世にある万物にも、人と変わらず命と直結する流れがあることが。


 小麦粉の状態だと粉一つ一つが別物なのに、混ぜ合わせた今は流れをも同一にして単体になっている。今更だが、不思議な感じがした。


「……む」


 そのコーデリアの隣で、ラースディアンは苦戦した声を上げる。

 はたと自分と生地だけの世界から戻って、コーデリアはラースディアンを見た。


「上手くいきませんか?」

「はい。自分の呪力を他の存在に流すのはやはり難しいですね。コツなどはあるんですか?」

「流れと同化すれば、スッと入っていきますけど」

「そもそも、別個体のマナの流れを捉えるのから難度が高く……」

「う、うーん」


 流れが捉えられない、と言われると困る。コーデリアからすると、触れて探れば響き返ってくるに等しいものだったからだ。


「えっと、ちょっと失礼しますね」

「え」


 ひょいと手を伸ばし、コーデリアはラースディアンの手の甲に自分の手の平を乗せる。


「っ」


 一瞬ぎくりと身を強張らせたラースディアンだが、コーデリアの表情を窺って、すぐに手元に視線を戻す。


(わ)


 一方のコーデリアは、ラースディアンの体に満ちる呪力の流れに感嘆していた。


(わたしに流れている線よりずっと太いし、量も多い。これが呪力の多寡ってやつなのね)


 かつてマジュの神殿で言われた内容が、実感を伴って理解できた。


(密度も高い気がする。洗練されてるっていうのかな。感じる量以上に総量は多いのかも)


 よい手本を見せてもらったとしみじみする。


「あの、コーデリア殿」

「ああ! すみません。とても綺麗な流れだったので、つい」

「それは光栄なのですが……」


 手に触れられたまま動きを止められては、戸惑うのも無理はない。


「じゃあ、すみません。ちょっと繋げますね」

「え」


 他にどう表現するべきかコーデリアには分からなかったので、感覚の捉えられないラースディアンにはさらに想像し難かっただろう。どういう意味かとコーデリアを窺う――よりも早く。


「!」


 ラースディアンの呪力に少しばかり干渉して引っ張り、生地の流れと繋げる。


 自身の呪力が流れた感覚はあったのだろう。ラースディアンは目を見張り、それから自分でも生地の中にあるマナの流れを見定めようと注視した。


 だが、しばらくして諦めの息をつく。


「やはり、私ではまだ読み解けないようです」

「そうですか……」


 コーデリアとしても、これ以上どう伝えればいいのか、どうすれば見定められるようになるかが分からない。


「力になれなくてごめんなさい。人にも伝えられるよう、もっと精進します!」


 前半落ち込んでうなだれたが、後半は気を取り直して宣言した。


「はい。私も努力します。万物の流れを見定める――……。可能であるとは分かっていましたが、己には無い才だと諦めていたのも否定できません。しかし、読み解けるようになれば有用です。今後も鍛錬します」


 拳士はマナの流れを狂わせることで、腕力以上の痛打を相手に与える。呪紋士だろうと何だろうと、弱所を攻める技能はあって悪いものではない。


 ともあれ生地は作り終え、寝かせる段階に入った。冷所に納めて一息つくと、コーデリアはラースディアンを振り返る。


「ラースディアン様は、本当に勤勉ですね」

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