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二十話

「半分ぐらいかな、丸々嘘じゃないから、うん。人間なんて大体そんなもんだろ? それで言うならラスの方が大分ガッツリ繕ってるから。こいつ絶対――」

「ロジュス。憶測で人を貶めるのは控えていただけますか」

「へーい」


 ロジュスが言わんとしようとしていた内容に自覚があるのか、ラースディアンは強引に彼の言葉を遮った。


(止めたということは、きっと正解なのね……)


 そっと視線を微妙に外したコーデリアに、ラースディアンは気まずげな咳払いをする。


「ともかく、まずは王都へ行ってからですね」

「国で一番人も多いし、望みの人材も探しやすいだろうしな」

「王都かあ……。騎士の人がたまに来たり、行商の人が大きくて賑やかな町だって言うのを聞いたことはあるけど。全然想像できない。二人は行ったことある?」

「そりゃあるさ!」

「私もあります」


 国の中枢にあるのだろう暗部に所属しているロジュスは即答し、ラースディアンもうなずいた。行ったことがないのはコーデリアだけらしい。


「そっか。才識者の方のことも知っていましたもんね」


 王都にいる、限られた人物しか存在を知らないはずの相手を知っていたということは、ラースディアンは視てもらったことがあるのだろう。


「ええ。ありがたくも、本神殿に勤めてはどうかというお話をいただきまして」

「でも行かなかったんですね……って、あ」


 マジュの町で神官をしていたのだから、話を断ったか、もしくは流れたか。

 ラースディアンの意思で断ったのであれば、問題ない。しかしそうではなかったら。


(まずい。無神経なこと訊いたかも)


 うろたえるコーデリアに、ラースディアンは安心させるように微笑む。


「途中までは勤める方向だったのですが、聖席の方が神託を受けて取り止めになりました。相応しき務めはマジュの町に在る、と」

「……もしかして」

「ええ。禍刻の主の討伐なのかもしれません」

「なんだかわたし、もの凄く余計なことをしたんでしょうか」


 神託まで降っていたとなると、ますますただの邪魔者である気がしてきた。


「分からないぜ? コーデリアの手助けをすることが元々役目だったかもしれないし。たとえば、もし素直にラスだけが選ばれていたら、コーデリアは同行しなかっただろ?」

「絶対してない」


 断言できる。


 大変だ、気の毒だとは思うだろうが、自ら手助けを買って出はしなかった。そんな力がコーデリアにはない――というか、可能性があることを知らなかった。考えたことさえない。


「だろ? 意外とこれで、正しく神の采配なのかもだ」

「そうなのかなあ」


 神が振るう采配の一部となるような自信が、やはりコーデリアにはなかった。


(でも、そうだといいけど。……いや、どうだろ。難しいな……)


 割り込んだ罪悪感は軽減されるが、では禍刻の主を討伐する運命が嬉しいかと言えば、むしろ遠慮したい。


 そんな雑談を交わしているうちに、馬車が集まる区画についた。


 厩舎はすべて埋まっており、入りきれなかった馬が外でどうにかこうにか場所を与えられている。車の方も同様だ。雑然としている。


「ずいぶん、多くの人が利用するんですね」


 コーデリアから見ると、明らかに許容量を超えていた。これが常であるのならば、施設の拡張を考えるべきだろう。


「多くの人が利用するのはそうですが、留まって渋滞になっているのは奇妙ですね」


 常のことではないらしい。


(町の在り方としてはほっとしたけど、いつもと違うってことは……。いい予感はしないわね)

「何かがあったんだろうな。訊いてみるか」


 言うなりロジュスは気負いなく、途方に暮れた顔をしている商人らしき人々へと近付いていく。


「なあ、何かあったのか? 俺たちこれから王都に行こうと思っているんだが」

「ああ、俺たちも王都に向かう予定だったよ」


 答えて、はあぁ、と大きく息を吐く。


「この先の日駆峠(ひかけとうげ)でゴブリンが大繁殖して、道を塞いでるんだ。王都でも気付いて対策を取ってくれていると信じたいが、なにせ行き来ができないから情報はない」

「領主様が傭兵を雇って駆除をしてくれるって話だ。……まあ、ドラゴンを倒せってわけでもないから、やってくれる傭兵も少なくないだろう。長くはかからないさ、きっとな」


 商人の言い方は、そう信じているというよりもそうあってくれという願いに近い。


「王都に行くには、その日駆峠を越えるしかないの?」

「南下して大回りする手はあるけど、あんまりお勧めはしない。途中にある森を中心に、ほとんど人の手が入っていないところを通ることになるからな」

「うん、分かった。無理」


 峠越え、ゴブリンの群れ以上に危険そうだ。


「こんな事一度もなかったのに、西の方で禍刻の主がついに現れたって聞くし。やっぱりその影響なのかね」

「多分な。まだ禍刻の年までは一年あるっていうのに、これだよ。どうなっちまうんだろうな」


 町から出なかったコーデリアには生じた変化と言われても実感が薄いが、長く町々を渡る仕事をしている人々が異変だと感じるならば間違いないのだろう。


(こうやって流通が滞れば、暮らしはどんどん苦しく、貧しくなっていってしまう)


 品物が届かなくなり、価格は上がり、満足な生活ができない者が増えていく。もっと悪くなれば、品物そのものの生産力が失われていくのだろう。


 それで何が起こるかなど明らかだ。ある所から奪い合うのが日常の、混沌の時代となる。


(わたしは、止められるの?)


 禍刻紋を付けられてしまったコーデリアが、その被害を食い止めねばならないのだ。


(できる自信は、ない。でもやらなくては)


 こうして目にして、耳にしてしまった。そうである以上動かないわけにはいかない。何より王都に行けないのでは、コーデリアたちも困る。


「ラースディアン様、ロジュス」

「ええ」

「だな」


 名前を呼べば、二人は共に振り向いてうなずいた。


「情報ありがとさん。政庁の方に行ってみるわ」

「何だ、討伐に参加してくれるのか?」

「ぜひ頼むよ。どこかで会ったら取引にちょっと色付けるからさ」

「はは。期待しないで待っとくよ」


 流通に使われる街道は少ないとはいえ、それでも人一人に比べて世界は大きい。

 たまたま行き会った者同士が再会することなどほとんどあるまい。商人たちに手を振って別れ、街の中へと引き返して行く。


 目的の建物は、街の中心部にある。

 町の行政を取り仕切るのが、この政庁と呼ばれる場所だ。長は国から派遣される貴族で、彼らの話し合いによって多くのことが決まるらしい。


 らしい、というのはコーデリアにはあまり実感がないせいだ。


 マジュの町でもそうだが、決定事項が通達されるだけで民はただ諾と従わねばならない。どうやって決まっているかなど、雲の上の出来事だ。関与もできない。

 関心が薄くなるのも仕方がないと言えるだろう。

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