十九話
「いい道連れだったってことだな」
「ええ」
それは間違いない。
「だったら、良い思い出ができたってことで大切に覚えておけばいいさ。彼らには彼らの目的があるし、俺らも同じ。さ、行こうぜ。王都だっけ?」
「うん。あ、でも……」
行く意味があるのかどうか、改めて考えると少し迷う。
(多分、格闘術に向いているのは確かだと思うのよね)
道中、休憩中などに武芸なら基本何でもできると豪語したロジュスに、軽く稽古をつけてもらっていた。
その感覚はマジュの神殿で剣や槍を振っていたときとはまるで違った。体の芯が正しい流れを知っているかのようにしっくりとくる実感があるのだ。
逆に突きの型一つでも歪みがあれば、それもなんとなく分かる。どう動けば綺麗に無駄なく力が流れるのかも。
「どうでしょうか、ラースディアン様。やっぱりまだ才識者の方に視ていただくべきだと思いますか?」
「はい。視ていただいてもよいかと。最たる得手が体術だとしても、他の得て、不得手を理解しておくのも有益かと思います。それに才能とは武術だけに限った話ではありませんし」
「あ、確かに」
巨鳥討伐に直接関係があるわけではないので少し気は引けるが、将来のため、自分に菓子職人としての才能があるかどうかも気になるところだ。
(それに、強い助っ人を探すっていう目的も別に変ってないのか)
自分がどれぐらい強くなれるのかがコーデリアはまだ未知数だし、戦力は多くて悪いことはない。
「じゃ、王都行きの馬車の確認だけして、今日はこの町で休むか」
「そうね」
馬車に同乗させてもらえた分だけ、徒歩よりは楽だったし速かった。しかし快適とまでは言えない。
商人一家の馬車が悪い訳ではなく、馬車そのものの構造が割と人体に優しくないのだ。道が悪路であることも要因だろう。
それでも箱馬車の中にいたコーデリアはまだましで、天井の上だったラースディアンとロジュスはもっと大変だったはずなのだ。
(ゆっくり休めるところでは、しっかり休んでおかないとね)
いつでも予定通りに、安全に進めるとは限らないのだから。
三人で連れ立って、王都方面――東の門へと向かう。
「そういえばレフェンには結界があるのに、壁もあるんですね。しかも宿場町よりも頑丈な。魔物に襲われる心配はないはずなのに」
町を覆って外部と遮断するかのような石の壁を振り返って、コーデリアは不思議に思ったことを口にする。
「ああ……それは」
「こっちの壁は人間用な」
言い淀んだラースディアンの後を継いで、ロジュスが答えをくれる。しかしコーデリアはまだ腑に落ちなかった。
「人間って、盗賊とか? こんな大掛かりな壁、いるの?」
「レフェンぐらい栄えてると、団になって襲ってきたりもするからなー。性質悪い奴だと魔物を手なずけていたりもするし」
「魔物が人間になつくことなんてあるの!?」
「魔物っつっても生き物だから。上手くやればできなくはないさ。けど推奨はしない。魔物の力を借りて魔物と過ごすってことは、魔神の眷属になるってことだ。聖神の庇護下にある他の人間――同族への裏切りだからな」
口調はどうにか常のままを維持していたが、ロジュスの声には隠し切れない嫌悪と怒りが滲んでいた。
「初めて会ったときもそうだったけど。ロジュスって結構敬虔よね?」
「多くの人より多少本気度は高いかもなー」
否定もしない。少しばかり意外だった。
「でもホラ、ラスだって反対だろ?」
「勿論反対です。魔物は可能な限り駆逐して、人類の安全を計るべきだと思っていますから」
「そーそー。そういう感じ」
聞きようによってはロジュスよりも過激で物騒なことをさらりと言う。
(というか、親しくなってる……)
同性ゆえの気安さだろうか。
共に旅をするのだから打ち解けた方がいいに決まっているのだが、警戒するように言ってきたラースディアンの方が先に親しくなっているのは納得のいかないものを感じる。
「コーデリア殿? どうしましたか?」
「いえ! 何でもないです!」
しかしラースディアンからの親しい振る舞いを断ったのはコーデリア自身。ロジュスと気安く接している姿を見ても、まだ自分も――という気持ちにはなれない。
(だって、どう考えればいいか分からない……)
旅の仲間、というよりもコーデリアの中では協力してもらえているだけ、という感覚が強い。
更には職業。神職に就いているラースディアンは、人の世の中で一番神に近しい場所にいる特別な存在。同じ庶民、という気持ちにはなれない。
「そうですか? ですがもし話せることであれば、遠慮なくご相談くださいね」
「はい……」
ラースディアンは無理に聞き出そうとはしなかったが、コーデリアの否定を額面通りに受け止めもしなかった。
「……戦力として必要、不必要はともかく。女性の仲間が欲しいですね」
異性では行き届かない面が必ずある。一線引いたコーデリアの態度は、ラースディアンに余計に意識させたかもしれない。
「悪かったなー、加わったのが男で。けど戦えない奴は絶対邪魔になる。本人にだって可哀想だ。必要なのは同意するが、戦力にできない奴は俺は反対だ」
現状、コーデリア自身が足手まといのようなものである。二人に負担をかけている心苦しさは常にあるし、それを他の人にも味あわせたいとは思わない。
「気持ちはとてもありがたいんですけれど、わたしも戦える人がいいと思います。難しくても」
「コーデリア殿が良いのであれば、条件に合う方をじっくり探しましょう」
「すみません」
「いえ。謝られるようなことではありませんから」
実に、互いに遠慮をして、気を遣ったやり取りだ。
気遣うということは相手の感情を気にかけているということなので、関係性の構築の一歩目としてはそれでいい。むしろ気遣わない相手と共にはやっていけないだろう。どちらかがどちらかの心を軽視しているということだからだ。
しかし残念ながら、現在の関係性は如実に表したと言える。
「ま、こればっかりはなー」
二人の間の空気に苦笑をしたのは、早くも両方共と構えないようになりつつあるロジュスだ。
「なぜ、貴方は……」
「人徳かねえ。あとはほら、親しみやすさの演出?」
「やっぱり演出なんだ」
初めて会ったそのときから、作っている感じが全く変わらない。