十八話
「お任せください。冒険者の方のための装備も、多少ならば誂えた経験がございます。金属などは取り扱っておりませんが……」
「大丈夫です! わたしも金属は無理です!」
重さで動けなくなる予感しかない。
「では機能的に、かつ可愛らしく、ですね」
「なかなかの無茶振りになってしまってますね……。可愛さはこの際捨ててもらってもいいですけど」
(動きやすさ、最重要!)
何しろ、命がかかっている。
「とんでもない! いいですか、お嬢様。このようなご時世に旅をしているのです。事情を深くは聞きません。しかし結界の外を旅するということは、いつ命を落としてもおかしくないと言えます」
「それは、そうですね」
間違いなくコーデリアよりも旅歴が長いだろう夫人の言葉には重みがあった。
「つまりわたしどもが着る服とは、いつでも死に装束となり得るのです」
「縁起でもないッ!」
思わず全力で突っ込んでしまった。
「ですが否定もしきれませんでしょう? だからこそ、いつでも自分が納得できる恰好でいるべきなのです。古来より命を懸ける職業にある者は、皆そうしてきました」
「はあ……」
言われてみれば、地位と財――懐に余裕のありそうな、長と名の付く騎士などは飾りのある隊服を着ている気がする。
もっとも、コーデリアの身近に騎士はいなかったので、物語や伝聞のみの印象だが。
「まあもちろん、死なないための装備なのですけれど」
「そうですよね! そちらの方向でお願いします!」
「とはいえ、一から作る時間は取れないのですよね……? 行き先が同じなら、道中でしっかりお嬢様の体に合ったものが作れるのですが」
言いながら名案だと思ったらしい。夫人はぽん、と軽く手を叩く。
「ちなみに、お嬢様はどちらに向かわれるのですか?」
「レフェンの町です」
「あら! それなら同じ行先です!」
「そうなんですか!?」
(無理してません!?)
コーデリアは夫人が恩返しのために嘘をついているのではと疑った。
予定を変えてまで尽くしてもらう必要はない。服をもらうのだって対価として高いと思っているぐらいだ。
とてもありがたいので厚意に甘えているだけで。
「そんなに驚くことではないですよ? この辺りを旅するのに、レフェンを通らないことはありませんから」
「そ、そうなんですね」
それぐらい人の行き来が多い場所だからこそ、マジュの町から出たことのないコーデリアでも町の名前を知っていたとも言える。
「では、お嬢様」
にっこにっこ、と夫とよく似た笑顔で夫人は言う。
「レフェンの町まで、しばしご一緒しましょう。最高の一品を仕立てて見せますわ」
「お、お願いします……」
旅の道連れとは、意外にひょっこり増えるものらしい。
人との縁の不思議さを、コーデリアはしみじみと噛み締めた。
善意の協力と同行者なので、ラースディアンもロジュスも彼らとの道行きを特に反対しなかった。
とはいえコーデリアたちは徒歩だし、一家の箱馬車も余裕があるわけではない。ほとんどが商品の載積で埋まっている。
なので夫人は御者を務める夫の隣で御者台に座り、コーデリアと少女が馬車の中。ラースディアンとロジュスは箱馬車の天井の上を借りることとなった。
旅の初日から魔物の襲撃に遭遇したので先々どうなることかと思ったが、幸い、その後はレフェンまで一度も襲われずに済んだ。
(ほっとしたけど、宿場町で襲われたのが随分間の悪い偶然だったというのは本当みたいだわ)
しかしロジュスの言う通り、人生の中では一度や二度、そんな偶然もあるだろう。
「さあ、着きましたよ、コーデリアさん」
「はい。道中、色々ありがとうございます。結局町まで馬車でお世話になってしまって」
ここまでは全行程徒歩予定だったのだから、大分時間も短縮させてもらったことになる。
「なあに、旅は道連れというではありませんか。それに私共としても、腕の立つ方が同行してくれたのは心強い」
はっはっはと朗らかに笑って、主人は本音か気遣いか判断し難い答えを返す。あるいは両方かもしれない。
「それに、コーデリアさんの作るお菓子はとても美味しかった! 味だけでなく、元気さえ湧いてくるようで。それでいて優しい、心の温かくなる味わいだ。お店を開いたら連日盛況間違いなしですよ。無論、私も常連になります」
「お口に合ってよかったです」
実家のことは、あえて伏せておくことにした。
(ラースディアン様とロジュスが言うには、わたしが作る物が『美味しい』のって、お菓子作りの技術じゃなくて力が影響してってことみたいだし……)
コーデリアは実家の味を愛しているが、きっと他の人は『求めているものと違う』という印象を受けてしまうだろう。それは互いにとって益がない。
(ちょっと悔しくもあるし)
将来焼き菓子店を継ごうと考えている身だ。技術でも人を唸らせるものを作れるようになりたい。
(この旅は、丁度いいと言えば丁度いいのかも)
巨鳥討伐にも役立ちそうなので、積極的に練習をしていく所存だ。
「お姉ちゃんのお菓子、とっても美味しかった! ありがとうございました!」
「どういたしまして。わたしも貴女のお父様とお母様にとってもお世話になったから、喜んでもらえて良かったわ」
そう。とても世話になった。比喩なく。
馬車の足も勿論だが、コーデリアの服は今、マジュの町を出た時とは一変している。
布は明らかに町で買っていた物より上質で、肌触りもいい。主人曰く、丈夫さも兼ね備えた中級冒険者が好んで求める品らしい。
原料はエールスパイダーという蜘蛛の糸だとか。何でも酒を飲ませておけば大人しくて、人間でも飼育が可能な巨大な蜘蛛らしい。
飼育にかかる経費は相応に高いが、良質な糸が安定して採集できるとして、そこそこ一般的な素材とのこと。
ただ、中級以上にならなければ手を出せないぐらいの値段ではある。凄く申し訳ない――が、いただいた。
この先を考えれば、装備が優れているに越したことはないからだ。
「では、私どもはこの辺りで。皆様の旅の無事を願っています」
「ありがとうございます。皆様の旅にも神のご加護がありますよう」
ラースディアンが聖印を切って祈り、商人一家との別れとなった。
「うーん。ちょっと寂しいですね」
ここまでの道中、人が多い分だけ賑やかだった。急に静かになってしまったようで、空白を感じる。