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十五話

 ロジュスを連れて宿へと戻ると、疲れたように椅子に座った宿の主人と目が合った。


「ああ……。お客さん。お帰りなさい。終わったん……ですよね?」

「はい。もう大丈夫ですよ」

「そうですか。良かった……」


 宿の扉に鍵はかかっていなかったので、察してはいたのだろう。

 しかし現場にいた人間からはっきりと言われれば、より安心するというものだ。


「それでですね、落ち着かないところに申し訳ないんですが、また厨房を貸していただけませんか?」

「構いませんが、今ですか?」

「はい。気持ちも体力も疲れている人が多いと思うので、皆さんにほっとするようなものを作りたいと思って」

「それは素晴らしい」


 不思議そうだった店主は、納得すると同時に大きくうなずいて同意した。


「そういうことなら、私も手伝います。お代も結構ですよ」

「え、でも、商売の一部ですよね?」

「町を護ってくださった方々への、気持ちばかりのお礼です。お礼に代金を請求するなんて聞いたこともない」


 なし崩しであったし、町を護らねば自分たちの身も危うかった。もともと雇われていて仕事だったから、という理由もあるだろう。

 しかし間違いなく、助けられた。それもまた事実だ。


「分かりました。じゃあ、一緒に作りましょう!」

(気持ちを込めて、ね!)


 思い付きで実行しようとしていたことだったが、賛同してくれる人がいればそれだけで嬉しい。


「で、何を作るんだ? ちなみに俺はあんまり料理上手くないけど」

「貴方、一人旅をしてきてるんでしょう? 不測の事態に見舞われたときとか、それだと大変じゃない?」

「焼くのと煮るのと炒めるのぐらいはできるさ。腹を満たすだけなら充分。ただ、上手くはないんだなー」


 技能の習得を必要だと感じるほど、不測の事態に陥ったことがないのだろう。


(それはそれで頼もしいわね)


 経験豊富な先達の意見は、いくらあってもいい。


「とりあえず、そうね。フールを作ろうかなって」

「いいですね。甘くすればよりほっとしそうです」


 賛成してくれた宿の主人とロジュスと共に、早速フール作りに取り掛かる。


 フールとは生クリームに果物を加えた冷菓である。今回は宿の在庫と相談して、果物にはベリーを使うことにする。


 飾り用のベリーはそのまま取り分け、残りはピュレに。もう一方の主役である生クリームは、軽く角が立つぐらいまで泡立てていく。


「うーん。人手があると助かるわねー」

「だろうな! まあ、混ぜるだけだから俺でもできるし手伝うって言ったの俺だから文句はないけど!」


 数人分ならともかく、今作っているのは数十人分。宿の主人とロジュスを主戦力として、生クリームを完成させる。


 今回は全員が普段より疲労を感じていることを考えて、砂糖の分量も少し多めにしておいた。その中にピュレを投入し、さらに軽く混ぜ合わせる。


 あとは器に入れて飾り用のベリーを乗せ、冷やす。好みの冷たさになったら取り出して食べればよい。


 宿場町の皆に振舞う前に、まずは味見だ。

 スプーンですくい、まずは一口。


(うん、いいわね。やっぱり疲れたときは甘さも必要だわ)


 ベリーの酸味と生クリームのコク、加えた砂糖が調和して爽やかでありつつ癒される、いい味わいになってくれている。


「おお。店で買うのとはまたちょっと違った感慨があるな。作るのにハマる奴の気持ちも分からなくはない」

「そうでしょうそうでしょう」


 自分で作った達成感は、やはり何物にも代えがたい。

 もちろん、人に作ってもらった喜びもやっぱり何物にも代えがたい。


(つまり、世の中大切なものが多いってことよね)


 出来栄えにそれぞれが満足してうなずき合っていたところに、ラースディアンが戻ってきた。


「あ、お帰りなさい、ラースディアン様」

「ただいま戻りました。……美味しそうなものを食べていますね」

「フールを作ってみたんです。みんなで頑張ったんだから、ご褒美ぐらいあってもいいよねってことで」


 無料での飲食は、間違いなく褒美の中に入るだろう。

 それに対する喜びは万人それぞれであったとしても、だ。


「ええ、とても素晴らしいと思います。美味しい食べ物も勿論ですが、何よりも貴女の心遣いが暖かくて癒されます」

「そう言ってもらえると作った甲斐があります。どうぞ」

「では早速、私は宿にいる皆様にお届けしてきます。皆様はどうぞ、ごゆっくり」


 宿に避難している人数を正確に理解している主人がそう言って、冷やされたフールを手に階段を上っていく。


「んじゃ、勝利を祝って、乾ぱーい」

「乾杯」


 容器を三人で寄せて掲げてから、手元に戻して改めて食べ進める。


「うーん。それにしても、美味しーい。なんだろう、ピュレにしてもがっつり感じるこのみずみずしさ。口に広がる果物の香り、味、触感……。主人、やり手ね。こんなに上等の商品を仕入れるなんて」

「いえ、これは……。違う気がしますよ」

「お、気付いた」


 じっと器の中身を見つめていたラースディアンが、コーデリアの見解に否を唱える。


「違うって、何がですか?」

「素材が素晴らしいのではない、という意味です。あ、いえ。神が潤した大地の恵みであり、人の労働の賜物である食材そのものは素晴らしいです。しかしその中で、特段に優れた品という訳ではないでしょう」

「そ、そうですか? でも、こんなに美味しいのに」


 コーデリアも実家で食品を扱っていたから自信がある。果物を扱うことだって珍しくなかった。

 ほぼほぼ生で使用しているので、誤魔化しも効かない。


「正確には、素材が活性化されているというか」

「活性化?」


 首を傾げるコーデリアに、隣でロジュスが耐えきれない、という様子で笑い出した。


「君には体術の才があるって言っただろう。呪紋士とは呪力の使い方が全く違ってな。拳士は呪力を濃縮する。体外に放つのは苦手だが、手で触れる範囲にぐらいは干渉できる。――要はお嬢さんが作ったこのフールには、自身の身体能力を高めるのと同じ効果が出てるってことだ」

「ええぇ?」

「なるほど。それで神力が宿っていると。聖水などと少し似ていますね」

「せ、聖水? ってあの、結構お高い……」


 神官が祈りと浄化の力を込めて清めた聖なる水は、魔を払ってくれると有名だが使ったことはない。神殿で一般的に売られているので知っているだけだ。

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