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十三話

「集団の隊長格を狙え! 分からなかったらともかく偉そうな奴を狙っとけ!」


 言いながら、ロジュス自身は迷いなく、次々と矢を放つ。立て続けに悲鳴が上がった。

 ――明らかに、矢の数以上の悲鳴が。


「う……っ」

「お……っ」


 櫓の上に上って迎撃に参加している呪紋士や弓士が引きつった声を上げる。時折巻き上げられる風に乗って飛ばされ、コーデリアの視界にも入る赤黒い破片の正体は――


(あれが何かは、あ、あまり考えないようにしよう)


 それでも、仲間の内側に隠れて呪紋の暴威から逃れた数匹が宿場町の入口にまで辿り着く。

 だがそれは決して、運のいい個体とも言えなかった。


 待ち構えた剣士や槍士によって、結局仲間と同じ運命を辿ることになったからだ。

 上がる悲鳴も、暴れる物々しい音も徐々に少なく、散発的になっていく。


(助かりそう、なの……?)


 脅威が遠ざかっていく安堵に、皆の緊張が緩みかける。その瞬間。


「終わってない! 気ィ抜くな!」


 ロジュスの叱責は正しかった。魔物が一体、複数の取り巻きを連れて決死の特攻をしてきた。

 周囲の取り巻きは正しく壁。ラースディアンの呪紋を超えるために満身創痍となり、ゆえに即座に剣士たちによって絶命させられる。


 だが中央の一体だけは無事だった。おそらく群れのボスだろう。連れてきた取り巻きよりも一回りは大きい。


 全体的なフォルムは猪に近い。しかし全身を覆う緑の剛毛は全身に及んでおり、牙も足も動物の猪とは比較にならないほど太く頑健だ。暴れ猪(ランペイジボア)と呼ばれる、比較的よく目にする魔物である。


 余談だがその肉はそれなりに美味しく、緊急時の食材としても有名だったりする。

 ただしもちろん凶悪な魔物であるため、好んで狩りに出かけるような物好きは少数だ。


 剣士や槍士の刃を潜り抜けたボスは、もう少し奥の広場で固まっている人間たちへと狙いを定めた。

 己が持つ最も鋭い部位、牙を突き立てるべく頭を低くして突進してくる。掬い上げるように突き刺すつもりだ。


 直進してくるランペイジボアから逃れようと、人々は散り散りに逃げた。しかし、全員が機敏に動けたわけではない。


 怯えて動けなかった者。事態を把握できずに混乱したままの者。自分で即座に判断するのは難しい年齢の子どもたち。


 そういった数人が取り残され、恰好の獲物と化した。


「――ッ」


 コーデリアもまた、抗う術を持たない無力な人間の一人だ。だから、逃げるべきだった。立ち塞がった所で、一緒くたに突き殺されるのがせいぜいなのだから。


 だが反射的にコーデリアがとった行動は、護身用の短剣を抜いて身構える、というものだった。


「コーデリア殿!」


 展開していた呪紋を中断し、ラースディアンが駆けてくる。しかし到底間に合うまい。


 異常事態への集中力がもたらしたのだろうか。周囲の雑音が遠ざかり、迫るランペイジボアの姿だけが明確になる。


(牙に刺されたら終わる。その前に、目を狙う!)


 コーデリアの腕力で、頼りない短剣で唯一貫けそうな部位。選択の余地はなかった。

 しかし相手の方がリーチも長い。腕を伸ばせばぎりぎり届くかどうかといったところ。


 なので迫るランペイジボアを前に、コーデリアはむしろ一歩、自らも踏み込んだ。


 まさか獲物が自ら向かって来るとは考えなかった様子で、ランペイジボアは牙の間合いを外される。コーデリアの体はすでに牙の内側にあった。


 半身を捻って牙の間に体を収めたコーデリアは、右手に持った短剣を迷わずランペイジボアの目に突き刺した。


「っ!」


 だが、浅い。


(硬い!)


 思っていたよりも手に伝わる感触が硬かった。まるで目に見えない力でもう一枚壁があるかのように。

 事実、ランペイジボアは魔力という壁をまとって身を護っているのだ。


 それでも急所であり、生じた痛みはランペイジボアを刺激した。悲鳴を上げて頭をがむしゃらに振り回そうとする。

 それが実際に行動に起こされれば、牙の間にいるコーデリアも無事では済まない。


 だから咄嗟に――ほとんど何も考えず、コーデリアは手の平でランペイジボアの目に刺さったままの短剣の柄を強く打つ。


 より深くまで抉り込まれ、ランペイジボアは暴れるのではなく、大きく後ろにのけぞった。その頭に、飛来した矢が突き刺さる。

 一矢で致命的な急所を貫かれ、ランペイジボアは力を失い、地面に倒れた。


(なんだろう、今の……)


 手で短剣を突き刺した時は硬い抵抗を感じたのに、手の平で打ったときはあっけないほど奥まで通った。


(護られてた壁を抜けた、みたいな……)


 自らの手の平をまじまじと見る。


「コーデリア殿!」

「!」


 駆け寄ってきたラースディアンの声に反応して振り向くと同時に、周囲の音と景色が戻ってきた。なぜ気を取られなかったのかが不思議なほど、普通に騒々しい。


「怪我はありませんか!」

「はい、大丈……夫じゃないいぃぃぃっ!」


 背中とお腹のあたりの服が、盛大に破れている。牙をかわしきれなかったのだ。

 達人でもないコーデリアである。見誤るもの無理はないだろう。


(いやでも、怪我はしてない。幸いだった、うん)


 冷静に思い返すとぞっとする。


「どこか怪我を!?」

「あ、違います違います。怪我じゃないんですけど、無事じゃなかったなって……。服が……」

「あぁ……」


 荷物を少なくするために、服の替えなどない状況。大問題だと言えた。

 ラースディアンもどう反応するべきか迷った様子で、何とも言えない苦笑を浮かべる。


(縫うしかないかぁー。でもこんな大きな裂け目を繕うのは初めてだわ……)


 きっと上手くはできないだろう。少しばかり憂鬱になる。

 諦めるつもりはあるが、好んでボロをまといたいわけではないのだ。


「あ、あの――。ありがとうございました」


 動けなくなった子どもを抱え、自らも逃げ損ねた両親と思しき男女がコーデリアに頭を下げてくる。一拍遅れて、両親の様子を見た少女も真似て頭を下げた。


「どういたしまして。皆で無事でよかったですよね」

「はい、本当に……」


 外ももう、戦闘を終えていた。


 ざっと見回しても倒れ伏していたりといった重傷者もいない。それでも傷を負った者が皆無だったわけでもなかった。


 負傷率が高いのは、やはり直接交戦した剣士と槍士だ。


「よろしければ、私どもの荷から貴女に着られそうな服を贈らせていただけませんか。せめてものお礼ということで……」

「いいんですか!?」

「もちろんです。お好きな物をお選びください」


 目を輝かせて食いついたコーデリアに、商人だったらしい男性は嬉しそうな顔をした。

 自分の申し出がきちんと礼となることに、ほっとした様子だ。

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