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十二話

(今日のご飯はなっにかなー)


 同じ料理であっても、作り手が変われば味が変わる。マジュの町では味わったことのない新鮮な刺激だ。自然と楽しみになっていた。


 空いているテーブルに着き、メニュー表を手に取る。と。


 カン、カン、カン、カン!


「!?」


 物々しい鐘の音に、びくりと肩が跳ね上がる。何事かと顔を上げて周囲へ首を巡らせるが、ここにいる誰も外の事情など分かるはずがなかった。


 はっきりしているのは、緊急事態ということぐらいだ。


 ざわめく客たちの中で最も早く行動を起こしたのは、やはりラースディアンだった。続いてコーデリアも立ち上がる。


「コーデリア殿は……」

「行きます。何かの手伝いができるかもしれないもの」


 自分ができないことを無理にやろうとは思っていない。余裕のないとき、それはただの邪魔になる。


 だができることがあるならばしたい。当然のように人々を護るために動くラースディアンの側にいるからこそ、コーデリアも素直に自分の心を訴えられた。


「……ええ。貴女はそういう方でしたね」


 ふわりと優しく微笑んで、ラースディアンはうなずく。


「行きましょう」

「はい!」


 宿の外では、鐘の音に驚いて表に出てきた人々が事態の把握をしようと見張り台へと詰めかけているところだった。


「おい、どうした。何があったんだ」

「ま、魔物――。魔物だ。魔物の群れが向かってきてる!」

「何だって!?」


 見張り台から伝えられた内容に、一拍の沈黙。動揺の波が広がって――一人が恐慌の悲鳴を上げて駆け出すと、多くが同じように続いた。


「おい、急いで馬車を出す用意をしろ! 逃げなきゃならん!」

「ま、待て、落ち着くんだ。今柵の外に出たら恰好の的だぞ!」

「じゃあこんな柵で魔物が防げるのか! 結界もないのに!」


 不安に駆られた物言いは攻撃的で、現場全体の空気が剣呑な熱さに侵食されていく。


(ど、どうしよう)


 落ち着け、などと言ったところで効果はないだろう。


 目の前に危機が迫っている状態で、落ち着ける人間の方が稀だ。火に油を注ぐだけになるのは目に見えている。


 どうすればよい、と続けられればまた話は変わるのだろうが――


「皆、落ち着いてください」

「!」


 コーデリアが口にするのをためらった言葉を、隣でラースディアンが発した。穏やかに、堂々と。

 返ってくるのは、当然のような反発だ。


「落ち着いてどうなる! 俺は逃げるんだ、邪魔をするなら容赦しないぞ!」

「神の結界ほど強力ではありませんが、私には防御呪紋の心得があります。どなたか、呪紋や弓を扱える方はいませんか」


 宿場町にいる者たちは、少なからず魔物に対して備えて旅をしているのだ。その中には武力も含まれる。

 ラースディアンの問いに対して、おずおずと数人の手が挙がった。


「おー。俺も弓は得意だぜー。ここに居合わせた奴は運がいい。間違いなく助かるからな!」


 軽妙な調子で上から降ってきた自信に満ちた声は、自然と人の耳目を集める。コーデリアも同様だ。


「あ、あの人……」


 見張り台に上って手を額に翳し、外の様子を眺める青年には見覚えがある。

 宿場町に到着した直後に、コーデリアたちに声を掛けてきた青年だ。


「よーし。弓や呪紋の心得がある奴は櫓に上れー。剣や槍が使える奴は下で待機だ。なーに心配は無用だぞー? 一体二体零れてくるのを駆除するだけさ。道中襲われるときよりよっぽど安全だろ?」


 そうして指示を出されれば、動ける者は動く。青年の言う通りに人員が配置されると、どことなく迎撃の雰囲気が出てきた。


 慌てふためいて恐慌状態に陥っている者はもういない。

 戦闘参加者以外は、入り口から少し奥に行った広場に集まって固まっている。コーデリアもこちら側だ。


「ん。そろそろかな。じゃあ神官殿、防御呪紋を頼む」

「分かりました」


 右手の平を前に出し、ラースディアンは呪紋法陣を構築していく。彼の呪力によって描き出される光の線は、見て分かるほどに神々しく力強い。


砂塵(アッシャー)衝灰陣(ヴォルテクス)

「ぅお」


 ラースディアンが発動させた呪紋に、見張り台から迎撃用の櫓に移った青年が引きつった声を上げる。


「顔に似合わずえげつないな、神官殿……」

「これは異なことを。外敵を屠るのに、容赦が必要ですか?」

「ま、そうなんだけどな」


 肯定しつつも全面的な同意はしていない様子で、青年は肩を竦めた。それからすぐに手にした弓を手本のように構える。


「失礼ですが、名前を窺ってもよろしいですか?」

「ロジュスだ。聞いたからにはあんたも答えてくれるのかな? 神官殿。どちらかというと、俺は連れの女性の方に興味があるんだが」


 昨日厄介がられてあしらわれたことを、まあまあ気にしている気配がした。口調に棘がある。

 後ろめたい気分で少し肩を狭めたコーデリアと違い、ラースディアンの微笑は崩れない。


「ラースディアンと申します。しかし当人の許可なく個人情報は漏洩しませんので、悪しからず」

「ま、いいさ。どうせすぐ知れるし」

「なぜそう言い切れるのです?」


 不審そうに尋ねたラースディアンに、ロジュスはにっと唇の端を持ち上げて獰猛な笑みを作った。


「俺が一番活躍するからさ。命を守った恩人を袖にするほど不義理じゃないだろ?」


 言って引き絞った矢を放つ。獣の悲鳴が耳に響いた。


 しかし感覚的には『結構遠い』という印象だ。それはコーデリアだけではないらしく、周囲で肩を寄せ合っている人々も体から僅かに力が抜けた気配がある。


 だがそれは、ほんの一瞬。今度は猛々しい咆哮が響き、どっ、どっ、どっ、と地面さえ揺らして大質量が突撃してくる。


(群れって、どれぐらいなのよ!?)


 ものすごく数が多いのか、大きいのか、それとも一糸乱れぬ動きによって巨大に感じるのか。目で見ていないコーデリアには判断できない。

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