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八話

「ここらが地下の居住区ってことか」

「元々あった水路に、手を加えて拡張したって感じね」

「だな。さて……」


 地下に存在しているのは貴人の庭と同じだが、様相がまったく違う。多くの人々はひっそりと座り込んでいるか、寝転がって過ごしていた。


 広さに対して、人数もそう多くない。上にいた女性もそうだが、昼間は地上で活動しているのかもしれない。


 地下の住人たちはコーデリアたちをちらりと一瞥した後、興味が失せたように己の世界に戻っていく。

 確かに、攻撃的ではなさそうだ。アデュールが無事でいられたのもそのおかげだろう。


「アデュールは……見えないわね」

「そう広くもないだろう。奥に行って探せば見付かるさ」

「ええ」


 うなずき、コーデリアは進むのをためらう己を叱咤するために拳を強く握って、足を踏み出した。


 マジュの町は平穏で、平和だった。都会のように賑やかではないが、何もかもを諦めて、空虚に日々を送らなくてはならない人もいなかった。


(どうして、こんなことに)


 何より衝撃なのは、本来こうした弱き人々を助けなくてはならない国が、平然と放置をしていることだったかもしれない。


「コーデリア」

「あ、な、何」


 横に並んだロジュスから呼びかけられて、やや動揺しつつも平時通りの声音を繕って返事をする。

 ただ、上手くは行かなかった。


「あんまり考え込むなよ? それはコーデリアの仕事じゃない」

「分かってる、けど……」

(関わりないからとか、何もできないからとかで割り切って忘れるのは難しそう)


 だからと言って、そのために行動を起こす余裕はない。禍刻の英雄としての務めもそうだが、たとえ何もなかったとしてもだ。

 経済的にも権限的にも、個人が手を伸ばすには問題が大きすぎる。


 薄暗い道を歩きながら、ふと、城の庭を思い出した。美しく整えられたあの明るい庭があるのが、同じ町のことだとは信じられなくなりそうだ。

 本来やるべきことを放り出し懸命に虚飾を纏っているようで、酷く滑稽に思えてしまう。


「為政者の不徳であることに否はありませんが、今は我らができることをしましょう」

「うん」


 ラースディアンにうなずき返して、コーデリアも意識を切り替えて奥へと進む。


 恐れ知らずの子どもは、随分と奥まで入り込んだらしい。掲げられた明りの間隔が広く、乏しい光の中を警戒しながら進む。と。


「――見付けたぞ、灰の騎士め!」


 威勢のいい子どもの声が、わん、と響いた。


「え、嘘!」


 反射的にその内容への懐疑の言葉が、本音として零れ出る。

 それが信じ難い内容でも、始めから嘘だと決めて掛かるのは良くない。自分の言葉を恥じて、コーデリアは手で口元を覆った。


「ごめんなさい、思い込み」

「いやー、でも俺も勘違いだと思うぜ」

「ええ。それこそ思い込みの可能性が高いでしょう」


 口にはしなかったが、皆の想いは同じだったようだ。


「とにかく、向かいましょう」


 声を発してくれたおかげで、方向は分かった。歩きから走りに変えて現場に向かう。


「もう逃げられないぞ! さあ来い、警備軍に突き出してやる!」

「あァ? 何言ってんだガキ。とっとと消えろ!」


 胸を張って立ち塞がり、自分を指さすアデュールを見た男はのそりと立ち上がる。背は灰の騎士と同程度ありそうだが、やせ細っていて、とてもではないが全身鎧を着て歩けそうには見えない。

 何よりコーデリアには、男のマナ質がかつて感じ取った灰の騎士とは全く別物であることが分かる。


(やっぱり別人!)


 男はためらいなく、足を後ろに引く。アデュールを蹴り飛ばすつもりだ。

 自身が暴力を振るわれるという発想が存在しないのか、アデュールは自信たっぷりに不敵な笑みを浮かべたまま動かない。男を指さし続けている。


「あ……っ」


 代わりに、少し離れていた場所で見ていた少女が怯えた声を上げた。数秒後を想像して、全身で縮こまる。


 その隣で、同行していた少年の方が動いた。

 駆け寄って、アデュールを突き飛ばす。代わりに男の暴力の身代わりとなった。


「う、ぉえ」


 呻いて、蹴られた腹を抑えて蹲る。

 手加減はなかった。弱く柔らかい子どもの身体では、大人よりもさらに大きく痛みを感じたことだろう。


「あァ? またガキか。テメェも仲間か」


 うっとうしそうに呟き、男は少年をどけるために再び足を動かす。


「ライ……!」


 アデュールの時は動かなかった少女が、少年の名を呼び一歩踏み出す。


「はい、そこまで!」


 だが少女が駆け寄るより先に、割り込んだコーデリアが男の膝を手で押さえ、動きを封じる。

 その間にラースディアンが少年の側に屈み込み、治癒呪紋を掛け始めた。


「大丈夫ですか? 痛みは?」

「だ、大丈夫です。ありがとうございます、神官様」


 コーデリアたちのことを覚えていたのかもしれない。まったく知らない他人よりは、幾分親しみのある声で質問に応じる。


「な、何だお前らは」

「いきなり指名手配犯扱いするこの子に苛立ったのは分からなくないけど、それでも子どものしたことよ。と言うか、大人相手にだって暴力なんか使うべきじゃないでしょう」

「ぐ……っ」


 褒められた行いではない自覚はあるのだろう。顔を赤くして歯噛みをする。

 数で不利になったこと。そしてコーデリアに押さえられた脚がまったく動かせないこと。


 この二点が決め手だったのだろう。男から暴れそうな気配が消えた。

 押さえる必要がなくなって、コーデリアも手を離す。


「二度と話しかけんな、畜生が」


 唾を吐き、男はそそくさと奥へと消えていく。


「あっ。お、おい、待て――」

「待つのは貴方よ、アデュール・ソムーリ」


 まだ凝りていないのか。なおも追いかけようとするアデュールの後ろ襟を掴み、追跡を阻止する。


「わっ」


 すでに走りかけていたアデュールは前方につんのめるが、コーデリアが襟を掴んでいるため転びはしない。


「何するんだ、離せ!」

「うん、断る」


 さらりと要求をはねのけたコーデリアに、アデュールは絶句する。おそらく自分の要求が通らない経験をあまりしたことがないので、次にどうすればいいかが分からないのだ。

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