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七話

「あの子、よく来るんですか?」


 どうやらアデュールを見かけたのが初めてではない様子の女性へと、コーデリアは近付いて声を掛ける。


「しょっちゅうだよ。何、あんたたちは。連れ戻してくるよう、ガキの父親にでも頼まれた?」

「そうじゃないんですけど。子どもだから気になって」

「気になるなら、止めてやれば? クソ生意気に聞きゃしないだろうけど」


 もしかしたら、女性は声を掛けたことがあるのかもしれない。もしくは、誰かが声を掛けた場面を見ていたか。


 いずれにしても、アデュールの反応に確信を持った断言だった。


「先程、物騒なことを仰っていましたね。彼の行き先には死の危険があるのですか?」

「どこでだってあるだろう、神官様。可能性の差は少しばかりあるかもしれないけどね」

「だから貴女は、可能性を減らすためにここにいるのですか?」

「そうだよ。今はちょっとうるさいから。……何、あたしを追い払おうってつもり? 別にいいけど」


 自身が追い立てられるのに慣れた様子で、女性は腰を浮かしかける。


「いえ。私たちはただの通りすがりですから」

「……ふぅん? だったらいいけどさ」


 言って、女性は浮かしかけた腰を再び下ろす。


「あの下では、何か平時と異なる事態が起こっているのですか?」

「禍招の徒だっけ? そいつらがしょっちゅう、人を集めに来るのよ。別に無理やり連れていかれるわけじゃないけど、煩いから。昔馴染みに声かけられると、やっぱりね」

「そんなに堂々と」


 もっと隠れて人を誘っているのだと思っていたので、意外だった。

 恐れ交じりに呟いたコーデリアに、女性は肩を竦める。


「堂々とってわけでもないわよ。名乗っている訳じゃないし。ただ、時たま逃げ帰ってくる奴がいるからさ」

「おっ。いいじゃん。最近帰ってきた奴とかはいないか? ぜひ話を聞きたいんだが」

「は? ……何、あんた達、兵士か何か?」

「いや。どっちかっつーと冒険者だ」

「あぁ、そう。……だったら止めときなよ。仕事なら他にもあるでしょ」


 根が深い相手であるのは、誰でも知っていることだ。見知らぬ他人を心配して忠告をする女性は、良心的なのだろう。


「ありがとう。でも、ちょっと避けて通れなくて」

「……ま、そういう事もあるよね。紹介はしないけど、知ってることなら話してあげるよ」


 しかしコーデリアの意思が変わらないことを悟ると、無理に止めようともしてこない。人の意思が変えられないことも、またよく知っている様子だった。


「その人の集め方だと、全員が顔見知りにはなれないわよね? 拠点やなんかがあると思うけど、そういう場所に戻るときにどうしてたのか、知ってる?」


 件の石切場から逃れたと決まっているわけではないが、戻ってこられる近さを考えれば可能性は高い。


「たとえば、合言葉があるとか」

「言葉じゃなくて、物らしいわ。ハープの飾りが付いたキーホルダーだって聞いた」

「また可愛いモチーフなのね」


 やっていることが物騒なので、結構意外だ。

 証明に使う品物を決める権限を持つぐらいだ。幹部に属する地位を持つ人物が決めたはずだが。


(意味があるのかしら)


 少なくとも、コーデリアの知る禍刻の主とはかかわりが薄く思えた。

 ならばきっと、『本物』の魔とかかわりがあるのだろう。


「持っていたり、する?」

「まさか。そんな面倒そうなもの、渡されたって捨てるわ」

「……そうよね」


 事によっては禍招の徒の証明と見なされて、牢に入れられかねない。


「物か。物なら手に入れられるかもなー」

「どうやって……って、まさか」

「すげーありそうじゃん?」


 ロジュスはあえて名前を口にしなかったが、コーデリアにも同じ想像は出来た。規制の縛りを取り払った禁忌の市場、『貴人の庭』だ。


「本物が手に入りますか?」

「入り口さえ通れればいいんだ。値段相応なら贋作だって構わねえよ」


 禍招の徒とて、全員が全員真贋を見破る目を持っているわけではないだろう。


 本物が必要なわけではない。騒ぎにならずに侵入するために、入り口で見張っているだろう数人さえ誤魔化せれば十分だ。


「ま、本物が一番ではあるけどな」

「確かに。――ではそろそろ、子どもたちを捕まえて本来の目的に戻るとしましょう」

「そうね」


 アデュールが地下に降りてから、やや時間が経っている。


 これまでもよく見かけていたという証言が本当ならば、今日に限って危険が起こる可能性はそう高くはないのかもしれないが。


(一応、ね)


 手の届く所にいたのに見過ごせば、後々悔やむことになるとは分かっている。


「色々ありがとう」

「別に、話すぐらいはタダだから。……でも、気を付けなよ」


 礼を言ったコーデリアに返ってきたのは、斜に構えた言葉と心配。彼女もまた、言葉を交わした相手が傷付くことに心を痛める性質なのだろう。


「ええ、気を付けるわ」


 忠告は素直に受け取って、アデュールの後を追う。


 所々錆びていて、そうでない部分も経年劣化の激しい梯子を慎重に下りてゆく。

 飛び降りることになったらどうにか受け身を取れそうな高さにまで下りてきたとき、心底ほっとした。


 この梯子を使わざるを得ない人々も、不安でないはずはないだろう。


(同じくひっそりと身を潜めているのでも、貴人の庭とは随分差があるわね)


 何とも言えない気持ちになる。

 降り立った町の下層階で真っ先に目に入ったのは、水だ。整備された跡のある水路が通っている。


 見れば、壁や床も石畳で補強されていた。ただし施工されたのは大分前のようで、やはりあちこちが痛んでいる。数十年単位で昔だろう。


「一体、何のための水路だったのかしら」

「下水って感じじゃあねーけどな」


 錬金術の普及によって、生活排水は各家庭内で大方の浄化が済まされる。その後処理場へ向かうが、念のための検査、以上の必要性はないと聞く。


 だがロジュスの言う通り、下水道や処理場へと繋がっている様子はない。水路の水源は、少し奥に見える突き当りからの湧き水だ。


(あの湧き水も、そんなに大量ってわけじゃないのに)


 水路を満たし、流れを維持するだけの水量はある。


 何となく流れの先が気になって、水路に沿って進んでみた。天井もかなり低い。成人男性でぎりぎり、大柄な人ならば身を屈める必要がある。


 もう少し先へと進むと、今度は急に道が開けた。人が数人は並んで歩けそうな広さだ。

 そこから先は、どんどん空間が広がっている。明りも見えた。


「ここから先は、水路の施工と年が違うようですね」

「あ、本当だ」


 壁を見れば明らかだった。石材を使ってしっかり補強されていた古い部分と比べて、新しく広げられたと思しき部分は簡素である。


 それでも崩れる可能性を減らそうと、継ぎ接ぎながらも補強に苦心した様子が窺えた。

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