五話
「二人はどう?」
「そうですね。一つ考えたのですが。町なり城なりの牢屋に、一人ぐらいは捕らえられていないでしょうか。いれば、そこから情報を取れるかもしれません」
「いるかも!」
紛れ込むための扮装や合言葉が聞ければ、むしろ一番安全に済むかもしれない。
「いなけりゃ、ちょっと時間は掛かるが件の石切場を張って、出てきた奴を捕らえるって手もあるぜ」
「ああ、最新の情報が得られるのはそちらの手段ですね」
忍び込みたい拠点から出てきた者であれば、間違いもない。
「ただ、上手い具合に出て来てくれるかは分かんねーけど」
国に反逆する立場の組織だ。まさか、入り口が一つという訳もないだろう。緊急時の脱出経路は確保されているはずだ。
そうでなくとも放棄された施設に人がいるのはおかしいので、極力目立たないように出入りしていると思われる。
何しろ、一人の人間を徹底して尾行し、やっと突き止められたぐらいなのだから。
目に付かない、新たな入口を用意していても不思議はない。
「こっちの都合で動いてくれるわけじゃないしね……」
「そこに関しては、もう一つ提案があります。運を強化してみるというのはいかがでしょう」
「運を……強化? できるものなの?」
鍛えて伸びるならぜひ伸ばしたい要素だが、そんな手段があるとは聞いたことがない。
「私は可能ではないかと思っています。神殿にも幸運を願って作られる聖菓は存在していますし。コーデリアさんであれば、より効果の高い一品を作り出せるのではないでしょうか」
「あー、行けそう行けそう。どうだ、コーデリア。幸運を呼んでくれるお菓子とか、心当たりないか」
ロジュスに問われて、コーデリアは少し考えてみる。
招福を願って作られるお菓子は、決して珍しいものではない。形で表現する物から、材料で示す物まで様々だ。
「心当たりはなくないけど。身体能力強化はともかく、運勢とかにまで影響できるのかしら……」
ラースディアンもロジュスも楽観的に信じているようだが、作るコーデリア自身が懐疑的である。
「まずは信じてやってみましょう。コーデリアさんは、もっと自分の力を信じて良いと思いますよ」
「そ、そうかな」
だがそういう意味でなら、挑戦するのは良いことだろう。
結果が出れば、コーデリアとて自然に信じられるというものだ。
「うん。そうよね。無理でも美味しいお菓子を食べればいいだけだもの」
「美味しいには自信あるんだな」
「少なくともわたしは好きよ。自分の好きな味で作るもの。もっと研鑽は積みたいけどね」
どこまで行っても最高、完璧といった到達点はない。そういう物も存在する。
「俺も好きだぜ。コーデリアの菓子は綺麗だから」
「私も好きですよ。味も触感も好みです」
「ありがと。そう言ってもらえると作り甲斐があるわ」
やはり喜んでもらえるのが一番だ。
「じゃあ、ミルフィーユを作ってみよっか。幸せを重ねるっていう見立てをされるお菓子だから、きっと多くの人の意識がお菓子に力を与えてくれてるわ」
元々の意味は千の葉という、見た目からの名前を与えられたお菓子だ。幸福の意味合いを持たせたのは、完全なる後付けである。
それでも、今は多くの人々が縁起の良いお菓子と認識して、そのつもりで買って、食べる。信仰心にも近いものがあるとコーデリアには思えたのだ。
(それとも、逆なのかしら)
知らないまま、意識しないままに、人々は幸運を招く形を悟って作り上げるのか。
「ミルフィーユか。難しそうだけど、楽しみだな」
「コーデリアさんのお菓子、そろそろ恋しくなってきましたからね」
「そっちが本音!?」
「いいえ。あくまでも作戦成功のための提案です」
おっとりとした穏やかな笑顔を崩さないまま、ラースディアンは言い切った。
彼の笑顔が感情無しに維持されることをすでに知っている身としては、笑顔だけでは信じ難い。
とはいえ、コーデリアにとってお菓子作りは趣味でもある。物の試し程度であっても、厭うような労力ではない。
「じゃあ、そういう事にしておくけど。二人も手伝ってくれるわよね?」
「俺らで手伝えることあるかー?」
「もちろんよ、色々ね。まずは買い出しかしら」
「それならば喜んで」
子どもの頃から職人である両親から手解きを受けたコーデリアと、数ヶ月前に初めて触れた二人とでは、差があって当然である。
しかし、だ。
「それに、やらないと上手くならないのも当たり前だし。ラスやロジュスが作るものの方が効果が高くなる物もあるかもしれないじゃない」
「それはどうでしょう」
「コーデリアの無属性強化は才能だからなー」
神力についてはコーデリアよりも精密に属性を分析できる二人は、もう結果を見越して諦めている気配がある。
「いいの! 皆でやった方が楽しいし!」
上手い、美しい、可愛い、美味しいももちろん重要だ。
けれど誰かと語り合いながら一つのものを作り上げていくのも、また格別の味わいを生む。
それは一人では決して得られないもの。
周囲に恵まれていたおかげもあるだろう。コーデリアは自分以外の誰かと共有する温かさから、離れがたさを感じるのだ。
「楽しいときたか」
「そう言われれば、断れませんね」
小さく笑んだ二人から、否定的ではない答えが返ってくる。
「よっし。じゃあ、今日は早速町に出ましょうか」
「材料集めと、一応、情報集めですね?」
「そう。捕らえられてる禍招の徒がいるかどうかは、アルディオ様から話を通してもらった方がいいと思うのよね」
だが町での情報収集となれば、誰がやっても問題ない。
昨日の今日で時間を取らせるのは気が引けるが、必要であると考えている以上、やむを得ない。そして幸い、今日は地図を貰うという用件が存在している。
話をして、時間を取ってもらうことは可能だろう。用件そのものは数分と掛からないものだ。
食べ終わった食器が下げられ、デザートが運ばれてくる。今日は生クリームとチェリーの飾り付けが華やかなプディングだった。
「あ、それと。これはメイドのルシャルテから聞いたんだけど」
スプーンを差し込みつつ、実行は難しい案を共有しておこうと切り出す。
「スラム街なら、現状の体制に不満を感じている人が多いだろうって。だから禍招の徒にとっても、人を集めやすい場所なんじゃないかって」
「異論はありません。ただ、最終手段ですね」