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四話

 時間を過度に気にする必要もなく、安全が約束された部屋での睡眠は快適だ。

 旅の最中では得られない、充実した睡眠を堪能したコーデリアは、起き上がって伸びをする。


 そして身支度を整え、朝食へと向かう。と、その途中でルシャルテと擦れ違った。


「あ、おはよう、ルシャルテ。あと、ただいま」

「おはようございます、コーデリア様。それと、お帰りなさいませ」


 律儀に両方の挨拶に答えてから、ルシャルテはコーデリアに一礼する。

 その姿を見て、ふと思い浮かんだことがあった。


「ねえ。ルシャルテって町にはよく行く?」

「ええ、それなりに。休日には遊びに出かけたりもします」


 アルディオの邸で働いている使用人の人数は、そう多くない。そのためもあってか、住み込みで働いている者がほとんどだ。


 しかし、ずっと屋敷にこもり切り、という訳でもない。


「じゃあ、町で危ない場所とかって耳にしたりしない? 禍招の徒が出没するような」


 町をよく利用する者の方が、空気感を察しやすいだろうと訊ねてみる。


「彼らはどこにでも出没しますわ」

「どこにでも」

「ええ。普段は普通の顔をしていて、普通の町人として暮らしている者がほとんどでしょう。そして身近な誰かが心を弱らせたとき、都合のいい文句を囁いて誘うのです」

「ああ、そうやって増やしてるんだ」


 大々的に広告を打って求人ができるような団体ではないので、自然、そうして密やかに増えていくことになるのかもしれない。


「禍招の徒に接触するのですか?」

「そう。どうにか潜り込めないかなあって」


 禍招の徒の間では、そろそろコーデリアたちの風貌が出回っているかもしれない。


 しかし末端の人員にまで情報を徹底させるのは難しい。特徴が似ているからと言って、探している人物だと確信する者は少ない。紛れ込める余地はあるはずだ。


 コーデリアの意図を理解して、ルシャルテは申し訳なさそうな顔をする。


「そうなのですね。けれど、申し訳ありません。わたくしも詳しく知っているわけではないのです。おそらくスラム街辺りに潜む可能性が高いのでは、という想像しか申せませんわ」

「いいの。普通、そうなるわよね」


 危ないらしいという噂があれば、意図して近付かなくなるものだろう。


「でも、そっか。スラム街か……」

(普通に王都に住む人の振りをしたら、声を掛けてきたりとか……ないかな?)


 ほんの数ヶ月前まで、コーデリアもごく一般的な町人だったのだ。武装を解いて町娘の格好をすれば、今でもその通りに見えるはず、という自信はある。


「……もしスラム街に行こうとお考えなら、服を変えるだけでは足りないと思いますわ」

「えっ」


 ズバリと言い当てられて、まずそちらに驚いてしまう。

 目を瞬くコーデリアに、ルシャルテは楽しそうにくすくすと笑った。


「だって、話が出た直後にそのように考え込まれたら。コーデリア様は素直で可愛らしいお方ですね」

「う、うーん。今まで、考えていることを隠さなきゃいけない状況がほとんどなかったからかなあ」


 深く考える必要がない環境だったとも言う。


「スラムを寝床にしなくてはならない者ということは、多くは生活困窮者です。コーデリア様はどう見ても健康そのもので、生気にも満ちていますもの。一目で余所者だと見抜かれますわ」

「……そうかも」


 禍招の徒に接触してもらう前に、別件の騒ぎを起こしかねない。


「それに……コーデリア様は、若い女性ではないですか。禍刻の英雄と呼ばれる方にこのようなことを言うのはむしろ失礼なのかもしれませんが……。やはり、あまり危ない場所に行かれるのは……」


 賛成しかねる、という調子でルシャルテは眉を寄せる。

 世の中には、怪我以外の暴力も存在する。特に若い女性は標的になりやすい。


「わたしも、もちろん怖くはあるんだけど」


 自身の武力によって、降りかかる暴力のいくらかを払いのけられるようになったからと言って、怖さがなくなったわけではない。


「でも、わたしはマシな方だと思うから」


 本当に何の力も持たない人よりは、強く戦える。然程当てにはならないとはいえ、国の力添えも期待できる立場だ。


「コーデリア様……」


 感嘆の吐息と共に名前を呟き、ルシャルテはコーデリアをまぶしそうに見つめた。


「コーデリア様は、強くてお優しい。英雄の名に相応しい方だと、わたくし感服いたしました。そういう方だから、英雄になるのですね」

「英雄に相応しく……なれるように頑張るけど。わたしの性格がこれだから禍刻紋が付けられたのは間違いないわね」


 半ば反射で体が動いただけだが、つまりそれこそが、コーデリア自身が選んだためと言えるだろう。


「ともかく、話してくれてありがとう。色々考えてみるわ」

「はい。どうか、お気を付けて」


 頭を下げて、ルシャルテは仕事に戻っていく。その背を見送って、コーデリアも食堂へ向かう歩みを再開した。


(スラム街、かあ)


 難しそうだと言われても、可能性を与えられれば考えてしまうものだ。


(これも二人と相談、かな)


 もしかすればラースディアンやロジュスは、名案を思い付いている可能性もある。

 食堂に着いて、待つことしばし。


 一人で頼んでも、食事を出してもらうことは出来る。しかし一人きりで食べるのは味気ないもの。


 待ち合わせているわけではないが、同じように食堂に来ることは分かっている。なのでコーデリアはそのまま二人の訪れを待った。それから間もなく。


「お。はよ、コーデリア」

「今日はコーデリアさんが一番ですね」

「おはよ、二人とも」


 訪れた二人と挨拶を交わして、自然に席に着く。

 そうして三人が揃うと、心得ているとばかりに給仕が始められた。


「昨夜はいかがでしたか?」

「ぐっすり寝て、体調は万全よ。何も思い付かなかったけど」


 ルシャルテから得た案はともかく、コーデリア自身は結局思い付けなかったのだ。申し訳なさと情けなさ、悔しさがある。


(知らないから思い付けない部分もあるんだわ。もっと沢山のことを学ばないと……)


 知識による発想は、禍刻の主討伐だけでなく、コーデリアの今後の人生を助けてくれるだろう。

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