三話
「経緯は全て話されたのですか?」
ルーファスが関わっているかもしれない以上、国として動くには慎重を要する。だが、動くことを決めたと言う。
その判断を、ラースディアンは驚いたようだった。
「いや、灰の騎士の件には触れていない。神殿に持ち込まれた魔石と関係があるかもしれない、という報告をしただけだ」
「そうでしたか」
得心が行った様子で、ラースディアンはうなずく。
表面上起こった事件を、表面的に追ったら見つけた。そういう体を取ろうとしているのだ。
「だから君たちには、先行してどうにか敵の拠点に潜り込んでもらいたいのだ」
「灰の騎士に繋がる証拠を押さえるんですか?」
「灰の騎士に限定しなくてもいい。ただ、禍招の徒にとって確実に損害となる成果が欲しいのだ」
国として征伐に乗り出すのだ。
体面的にも、かかる費用的にも、成果を挙げなくてはならない――というのは理解できる。
「ルーファス殿下は、征伐の件を……」
「勿論、耳にしてしまうだろう。禍招の徒の件は国内における治安維持の面が強いので、他国の人間である殿下が加わる事ではないが……。隠せるものでもない」
下手に隠そうとすれば、疑っていると宣言するも同じだ。
少なくとも、ルーファス自身はその可能性を考えて警戒を強めるだろう。
証拠もなく隣国であるギステファと軋轢を生むのも避けたいはず。数少ない支援が打ち切られるのも、惜しく考えているのではないだろうか。
しかし――。
「それじゃ筒抜けってことじゃねーか」
相手に征伐予定が筒抜けでは、実行に危険が増すばかりだ。しかも、重要な物や人物は早々に引き上げ、打撃にさえならない可能性が高くなる。
内通者を堂々と探せるような、露骨な逃げ方はさすがにしないだろう。だが国が欲している真の成果は上がるまい。
「そうだ。だから君たちに頼むのだ。内密に」
(あ、そっか)
相手が、国の行う征伐に注意を払って予定を組むのなら、その前に行動することによって意表を突ける。
ただし少人数での奇襲は、危険度も跳ね上がるものだ。
勿論、アルディオとて分かっているだろう。その上で、コーデリアたちに話を持ちかけている。
「どうだろうか。自信がないのであれば、断ってくれて構わない。目覚ましい成果とはいかなくとも、拠点の一つは潰せるのだ。それもまた十分な成果と言えるだろう」
もっと打撃を与えられる手をみすみす逃すのが嬉しいはずはない。それでもアルディオは命令という形を取らずに、コーデリアたちの意思に決定を委ねてきた。
左右に座る仲間二人と目線を交わして、コーデリアはうなずく。
「お引き受けします」
「ええ。きっと何とかなるでしょう」
「魔神に傾倒している裏切り者に、してやったー、見たいなツラでほくそ笑まれんのも腹立つしな」
三人それぞれに、肯定の言葉を返す。
「そうか! すまない、助かる」
「その言葉は、成果が上がったらいただきますね」
なにも成し遂げていないうちからの礼に、コーデリアは気恥ずかしくなりつつそう応じる。
「確かに、世の中には成果が出なければ意味を持たないものもある。君の言う通り、今回の件もその範疇だと言われれば否定はしない。だが同時に、人の努力と献身は軽んじられるべきではないとも思うのだ」
国としては何も言わないし、そもそも国からの命令でさえない。
だからこそアルディオは、一個人としてコーデリアたちへと礼を述べることを迷わなかった。
「……それなら。お気持ちをありがたくいただいておきます」
「ああ、そうしてくれ」
互いに笑みを浮かべて、うなずき合う。
「それで、問題の石切場というのはどこにあるのでしょう」
「……うん、そうだな。君たちには詳細な地図が必要だろう。明日には用意をしておく。分かっているだろうが、取り扱いには十分注意をしてくれ」
「はい」
国防の観点から、国の地形と言うものは大変重要な機密である。当然、意図的に外部に漏らすことなど許されないし、過失によっての漏洩も重罪だ。
以前、コーデリアたちは近郊の、かなり簡略化された地図なら与えられている。だが今回、アルディオは詳細なものをと付け加えた。
それだけ信用を得たという証と言える。
「潜入の手段は任せる。私の力が必要であれば、遠慮なく言ってくれ」
「どうするか、少し考えてみます」
「うむ」
強引に忍び込んでも、何かを得る前に発見される危険が増すだけだ。準備は必要だろう。
「話は以上だ。成功を祈る」
「はい」
そう言って話を締めくくるとアルディオは席を立ち、部屋を出て行った。
残ったコーデリアたちは顔を見合わせ、何とはなしに視線を宙へと向ける。
「さて。請け負っちゃったけど、どうしようか」
「拠点として成立しているのなら、それなりに人員もいるでしょう。ここはやはり、禍招の徒に扮して潜り込むのが良いのではないでしょうか」
「大々的に、どっかで人員募集してくれてたら楽なんだけどなァ」
時代が変わってさえ存在し続けている組織だ。新しく入る者が必ずいる。今のように不安な世ならば、尚更多いかもしれない。
「国で一番賑わう王都に、関係者がいないはずはないわ。上手く潜り込める手段がないか、隙を知っている人はいないかしら」
言いながら、コーデリアの脳裏には二人の顔が浮かんでいた。
一人はソムーリ。やや強引な商売で敵も多そうだが、間違いなく顔も広い大商人。
もう一人はエクリプス。禁制を取り払った市場の案内人なら、噂の一つ二つは耳にしているだろう。
(ソムーリさんは、情報は簡単にくれそうだけど後が怖い。エクリプスは口が堅そう。十分な利益と安全を提供しないと、交渉にさえ入れないでしょうね)
どちらも一筋縄でいかなそうなところは共通している。
ここまで行動を共にしてきた二人も、思い浮かんだ顔はコーデリアと同じ様子だ。
「コーデリア的には、どうよ」
「……できれば、エクリプスから取るのが安全かなって思うんだけど」
「脅す材料ならば、ソムーリ殿にも山とありそうですが」
薄暗い取引の一つや二つはしていそうではある。
「だからこそ、関わりたくないのよね……」
今は禍刻の英雄という立場だが、コーデリアは本来、何の力も持たない一般人だ。薄暗い商人と関わりなど持ちたくない。
正確には、関わるのが怖いと言うべきか。
「あとは、自分の足、ということになりますが……」
探して回るのは、現実的ではないだろう。
「……一晩、ゆっくり考えてみましょうか。何も思い付かなかったら……」
「いっそ、強行突破もアリかもな?」
「アリかもね。わたしたちなら」
冗談めかして言ったロジュスの案に、コーデリアも苦笑いをしながら肯定的な言葉を返す。
勿論本気ではない。
「二人とも。余程ソムーリ殿を警戒しているんですね……」
無茶な案をそれと言い切らないぐらいには、警戒している。
「じゃあ、二度目の解散ってことでいいか?」
「うん。お疲れ様」
これ以上顔を突き合わせていても進まないと見切りをつけ、各々が立ち上がる。
(お風呂でさっぱりしたし。アルディオ様にも報告したし。あとは、ゆっくり休もうかな)
すっきりした頭と体で改めて考えれば、いい考えも浮かぶかもしれない。
会議室を出たコーデリアは、真っ直ぐ自分に与えられた部屋へと向かう。
(否定したくなかったからしなかったけど。無策での突撃はやっぱり無しよねえ)
やはりソムーリに頼る覚悟を決めるべきなのかと、溜め息を付きつつベッドに入った。