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二話

「座って待とう」

「はい」


 立っていても座っていても、物事の進み具合が変わるわけではない。楽な姿勢で待っていた方がいい。

 先に席に着いたアルディオに続いて、コーデリアは正面に座る。


 呼びに行ったとはいえ、二人が来るまでにはもうしばらくかかるだろう。壁に掛かった時計が立てる秒針の音が、静かな空間に大きく響いた。


「――故郷は、どうだった」


 沈黙で空気が重くなるのを嫌がってか、アルディオがそう雑談を切り出す。


「概ね、変わりありませんでした。少しだけ物騒になっている気はしますけど……」

(盗賊が出たりとか。品物の流通が減ってるとか)


 しかしあくまでも『多少』だ。致命的なほどではない。

 紙の聖なる結界で守られたマジュは、この混沌とした時代でも安全な方なのである。


「そうか。……本当は、たとえ禍刻の年となっても影響などでないように民を護れることが理想なのだが」

「今みたいに魔物が活発だと、難しいですよね」


 言ってから空気が沈む方向に話が向かってしまっているのに気付き、コーデリアは慌てて言葉を繋げた。


「と、ともかく、皆と無事に会えて安心しました。何とかやっていけそうって、両親にも伝えられましたし。ありがとうございました」

「君は私のように貴族でもなければ騎士でも、兵士でもない。本来ならば護られるべき民だ。なのに禍刻の主に選ばれて、重い使命を負ってしまった。できる限り協力をすることは当然だ。魔物が君をどう定めようと、国としては護られるべき民であることは何ら変わりはしないのだから」

「――……」


 禍刻の英雄として選ばれた以上、戦って勝つ意外に生き延びる術はない。世界のためでもあるが、自分の命を護るためでもある。


 その背景があるからだろう。禍刻の英雄が戦いに臨むのは当然だという空気がある。

 しかしアルディオはコーデリアが戦いに駆り出されることを、今も当然だとは思っていないのだ。


「ありがとうございます」


 そのことが、コーデリアには嬉しかった。


(正直に言うと、話に讃えられてる騎士様よりも頼りないかなーって思ってたんだけど)


 心映えはきっと、コーデリアが思い描いていた騎士とあまり変わりない。


 きっと『騎士』に対する信用においては、そちらの方が重要だ。少なくとも、コーデリアにとっては。

 だから、嬉しかった。


「ん、あ、いや。私は当然のことを言ったまでで……」


 素直な喜びそのままに綻んだコーデリアの笑顔から、アルディオはぎこちなく視線を逸らす。そして己を戒めるように咳払いをした。


「とにかく、私は君の力になると決めている。国からの命も勿論だが、騎士を拝命している誇りにかけて、個人的にもだ。協力できる部分があれば、遠慮なく言ってくれ」

「はい。頼らせていただきますね」

「ああ」


 貴族でもあるアルディオの立場を考えれば、実際に民と触れ合う機会は少ないはず。頼りにされているという実感も薄いだろう。やりがいを感じにくい状況にあるのかもしれない。


 だからこそか。コーデリアの言葉に、先程とはまた少し違う種類の喜びを見せた。


「君と話していると、私は自分が騎士であることを思い出せるような気がする。いや、もちろん忘れることなどないのだが。志と言うべきか、初心と言うべきか……」

「分かります。わたしも、マジュに帰ってもう一回思い出した気がしますから」


 心に決めた芯であるのだから、忘れるはずはない。それなのに、新たに知ったような心地になる。


 おそらく思い出したのも、新たな何かに気付いたのも本当なのだ。

 結果として、気持ちが新たになるのではないだろうか。


「そうか。君と同じか」


 共感した様子で、アルディオは素直に認めてうなずいた。

 そこに扉が叩かれ、待ち人の来訪を告げる。


「ラースディアンとロジュスです。入ってもよろしいでしょうか」

「待っていたぞ。入ってくれ」

「失礼します」


 アルディオの許可を得て、二人が入室してくる。


「っと、一番はコーデリアだったか」

「一番というか、たまたまいたって言うか」

「じゃあ、探して呼ぶ手間が省けたってやつだな」

「そうとも言うわね」


 後の安全のためにも、魔石の件は尻尾だけでも掴めれば即座に引っ張り出して片を付けたい問題だ。


 アルディオが戻ってきたときにコーデリアが会議室にいたのは本当にたまたまだが、そうでなくともすぐに皆が集められたことだろう。

 動きがあったとなれば尚の事。


「では、単刀直入に報告しよう」


 アルディオは二人にも席を勧め、着席すると間を空けずに話を切り出した。


「魔物の端材を買い集めていた商人は、王都から少し離れた古い石切場に入って姿を消した」

「古い、ということは。今は使われていないんですか?」


 良質の石材も大切な資源だ。効率よく採集できる場所を、国が何の理由もなく放棄するはずがない。


「何年か前、現場で崩落が相次いで起こってな。危険だからと閉鎖されたのだ。めっきり人が近付かなくなって、今では魔物の住処と化したと聞く」


 魔物が住み着いているとなれば、人の足は自然と遠のく。悪事の準備をするにはうってつけの環境と言えよう。


 魔物からの被害は出るだろうが、少なくとも国に通報される恐れはない。さらに言うならば。


「その魔物、自然発生したんでしょうか」


 禍招の徒には、魔物を呼び寄せる技術があるようだった。


(使役まで出来るかどうかは分からないけど)


 可能なのであれば、ますます安全な拠点となると言えるだろう。


「商人は魔物が群がる石切場を、恐れる様子もなく奥へ入って行ったと言う。擦れ違った魔物も襲い掛からなかったようだ。もしかしたら、崩落も、国が手放した後に魔物が集まってきたのも、偶然ではなかったのかもしれない」


 数年前、というのも怪しい所だ。

 来たる禍刻の年に向けて、禍招の徒が準備を始めたという可能性も十分ある。


「残念だが、警戒が強くて中への侵入は適わなかったそうだ」

「致し方ないかと。無理をして不要な被害者を出すよりも、万全の備えの元に臨むべきだと思います」

「うむ、そこで――。……ここからは他言無用の話だ。いいな」


 一旦声を潜めて言葉を切り、念を押される。


「はい」

「禍招の徒の拠点となっている可能性が高いとして、国も征伐準備を進めている」

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