一話
――その後、牢から解放されたコーデリアたちは懐に路銀を増やして王都へと戻ってきた。
しばらく離れていたところから久し振りに経験をするとうんざりさの増す人混みを抜け、貴族街へ。
「おお、これは」
「コーデリア殿、ラースディアン殿、ロジュス殿。無事のご帰還、何よりです」
「しかし、マジュの町との往復にしては、やや時間がかかったような……?」
近付くコーデリアたちの姿を認めた門衛が、挨拶と共にそんな疑問を向けてくる。
責められているわけではないが、純粋に不思議に感じている。そんな様子だ。
「途中で奇妙な事件に遭遇したものだから」
「それは、お疲れ様でした。どうぞお通り下さい。アルディオ様も報告をお待ちになっていることでしょう」
「ありがとう」
門を潜り、敷地内へと入る。庭を通って屋敷に足を踏み入れたところで、コーデリアは同行者二人を振り返った。
「帰還の報告をするにしても、アルディオ様ってまだお城よね?」
「常ならばそうだと思います」
「じゃあ、ここで一旦解散ってことで、いい?」
「おー」
ありがたくも、部屋は個別に貸してもらっている。時間があるのならば、コーデリアには真っ先に済ませておきたい用事があった。
入浴である。
(まずはさっぱりしたい! 後の事は諸々それから!)
「では、アルディオ殿への報告の時に、また」
「うん」
おそらくコーデリアの目的を察しているのだろう男性二人は、素知らぬ様子でさらりと別れた。
まずは自室に戻って荷物を置く。そして浴場へと直行する。
コーデリアたちにはアルディオが使っているのと同じ浴室の使用が認められていた。広々とした浴室で、旅の汗と埃を流す。
(わたしは、使用人の皆が使っている方でも構わないんだけど。庶民だし)
しかしせっかく利用許可が出ているのに遠慮し続けるのも、好意を無碍にする無礼な行いである気もする。
結果、こうしてありがたく使わせてもらっていた。
心身ともにさっぱりして、浴室を後にする。自身が武装を解いた実感も出てきて、旅の間は抜けきらない緊張からの開放感を得た。
そしてコーデリアの足は、そのまま会議室へと向かう。
そこには、出発前と変わらず街の地図が壁にかけられている。
(商人に渡した魔物の端材の反応は……ないわね)
マジュへの帰郷に着く前。『強力な魔石を求めた何者か』を探すために仕掛けた追跡の魔法。それが消えている。
少なくとも魔物の端材はすでに王都近郊にはなく、商人に動きがあった事だけは分かった。
それが件の人物の特定につながれば、更なる進展が見込めるはず。
追うために仕掛けた一手ではあるが、実際にこうして動きがあると迷いが生まれなくもない。
敵の正体に懸念があるせいだろう。
(もしルーファス殿下だったら、どうすればいいの)
当然、放置はできない。ルーファスは王宮に協力者の顔をして滞在しているのだ。
魔物に与する危険人物を国の中枢に入れておくなどとんでもない。
(でも、他国の王子、なのよねえ……)
まったくもって、厄介極まりない。きっとコーデリアよりも、その問題に正面から向き合わなければならないアルディオの方が頭を悩ませ胃を痛めているだろうが。
じっと地図を見詰めるコーデリアの後ろで、新たに扉が開閉する音がした。
「やはり、商人の行方は気になっていたか?」
「アルディオ様」
どうやらコーデリアが一風呂浴びた時間で、アルディオの勤務時間も終わったらしい。
名前を呼んでから、次の言葉をどうするべきか少し迷って。
「その、お帰りなさいませ。お勤めお疲れさまでした」
家の者でもないのにとは思いつつ、しかしまったく触れないのも不自然な気がして、とりあえず口にしてみたのだが。
(や、やっぱり違和感が酷い)
そしてそう感じたのはコーデリアだけではないようだった。
「ああ、うん。ありがとう。今戻った」
応じたアルディオの返しも大分ぎこちない。
「何だか、妻に迎えてもらったような気分だ。ははは」
「……!」
頭には過っていたものの、あえて意識を逸らしていたその関係性。甲斐なくアルディオから口にされてしまった。
アルディオとしては過ったぎこちなさを笑うことで払拭しようとしたのだろう、という意図は分かるが。
残念ながら成功はしなかった。
(わ、わたしも笑って返せればよかったのかしら)
しかし『それ』を冗談にするには、コーデリアはまだ純粋だった。
「……いや、すまない。不適切だった」
「いえ。どう声を掛ければいいか分からなくて……。不勉強ですみません」
原因となる微妙な空気を作ってしまったのは、自分の言葉選びのせいだったという自覚はある。
ただ、アルディオが言葉の意味を深く考えてしまったその理由は。
(わたしが考えて良いことじゃないわよね、うん)
自身の心が抱いた無自覚な意識を、もう一人の当事者であるアルディオは咳払いと共に追い払う。
「君たちがマジュへと行っている間に、印は動いた」
そして強引に話を戻す。国防上重要なことでもあるので、コーデリアも意識して思考を事件へと集中させた。
「誰に受け渡されたりしたりしましたか?」
「いや、それが、そのまま町の外を移動して行ったのだ」
「じゃあ……」
魔石の行き先に手掛かりはなしか、コーデリアは落胆の声を出す。
「当然、追跡したとも。そして一つの成果が挙がった」
「!」
目を見開いて息を飲み、つい一歩足を踏み出しかけてしまったコーデリアを、アルディオは手で制した。
「だがこの話は、皆が揃っているときにしよう」
「あ、はい。そうですよね」
同じ話を二回、三回するのは非効率的だ。
「ラースディアンとロジュスを呼びに行かせよう」
言ってアルディオは一旦部屋の外に出て、一番近くにいた使用人に言伝を頼んだ。そして自分は部屋の中へ戻ってくる。
「いいんですか? 戻っていらっしゃったばかりなのに」
コーデリアたちには一息つく時間があったが、アルディオは帰宅から間もないように思えた。
「何、私は通常勤務から帰って来ただけだ。話をする程度、差支えはない」
確かに、コーデリアからもアルディオが酷く疲れているようには見えていない。
連日勤務が続くことを考えれば、一日に負える負担は限度がある。むしろ余裕がしっかりある状態であるのが望ましい。