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三十話

「ご苦労。下がってよい」

「はッ!」


 報告を終えた兵士は、どことなくほっとした様子だった。


 訳が分からず不気味だった魔書の件が、少なからず動き出したことによるものだろう。

 そして消息を絶った人々が無事に現れたことで、良い方向への転機を期待する。


「皆はここまでで良い。先に行って、魔書より現れたという人々の聴取を始めよ」

「承知いたしました」

「君らはこちらだ」


 言ってギリアムは魔書の保管庫と化していた小会議室を通り過ぎ、周りの物と比べてやや頑丈そうな作りをした扉の前まで足を進めた。


 無関係な人間ならば手を掛けるのをためらいそうな重厚さ。しかしギリアムは堂々と扉を開き、中へと入った。


 石造りの部屋の中央には、申し訳程度の面積で絨毯が敷かれている。その先、部屋の最奥にある机にまで進むと、ギリアムは席に着いた。


 応じて、コーデリアたちは机を挟んだ正面に立つ。ここは彼の執務室なのだろう。


「さて。まずは国にとって大変な脅威になりかねなかった邪なるゴーレム討伐への協力、ご苦労だった」

「被害が出なくて何よりです」


 もしゴーレムが要塞を攻撃していれば、今頃は大損害を被っていたことだろう。

 本当の意味で被害がなかったかは、騎士たちによる聴取の結果を待たねばならないが。


「うむ。このシーフット要塞は、国境の要衝。魔物にも隣国にも、付け入る隙を与えるわけにはいかん」

「禍刻の主が出現したら、大陸中の国で結束して戦うんですよね? 魔物はともかく隣国は、今は味方……ではないんですか?」

「敵ではないだけの味方、といった方が良いだろう。ギステファは良く支援をしてくれているが、こちらの隣人は傍観している。多少、魔物退治の協力はあるがな」


 魔物が活性化しているのはどこも同じ。国境近辺の討伐だけとなると、積極的な協力とは言い難い。

 国の垣根を超えての協力というのは、すでに形骸化していると言ってよいのだろう。


(どうしてそうなるのかしら)


 魔物対人間の、単純な構図のはずであるのに。それでさえ団結できていない。

 誰しも、対岸の火事の渦中に飛び込みたくはないものだ。気持ちは分かるが――


(これじゃあ、世界中の魔物対一国の戦いだわ)


 そして孤立は分断を生む。そうやって、世界は少しずつ協力できなくなっていくのかもしれない。


「さて。それでは改めて、諸君らの不法侵入に関しての話であるが」

「はい」

「手段は不法であるが、功績を無視するのも道義に合わぬ。よって、今日は一日牢で過ごし、己の行いを反省する様に。功については、事件を解決に導いた褒賞を私から出そう」


 罰と功績は別枠で処理をする、ということにするようだ。


「分かりました。では牢に入る前に、自分たちの装備を回収していいですか? こちらの兵装もお返ししないとですし」

「許可しよう」


 うなずくと、ギリアムは机の上に置いた鈴を鳴らす。数秒後、控えていたらしい従騎士の少年が入ってきた。


「失礼します。お呼びでしょうか」

「彼らを総務棟に案内せよ。彼らの用が済み次第、牢に連行する様に」

「は……? あ、承知いたしました!」


 通常の罪人の扱いとも、客人の扱いとも違うからだろう。従騎士は一瞬戸惑った様子を見せたが、すぐに承諾の返事をした。


 ギリアムが迷わず総務棟の名前を出したのは、予備の兵装が揃っているからという推測からだと思われる。


 協力してくれた相手に迷惑をかける理由もない。ギリアムが察した理由は追及せずに、コーデリアは案内役の従騎士についていく。


 中央砦を出て、つい先ほど後にしてきた総務棟へと入る。協力してくれた兵士はまだ机に座っていて、従騎士に連れてこられたコーデリアたちを見て、僅かに動揺を見せた。


 が、すぐに何事もないように取り繕う。


「お疲れ様です。彼等は……?」

「ああ、うん。私も事情はよく分からないんだが。将軍がこちらに連れて行けと。砦に忍び込んだ賊徒だという話だから、着ている装備もここで盗んだ物だと考えられたんだろう」

「確認します」

「頼むよ」


 兵士が先頭に立ち、コーデリアたちを挟んで、最後尾に騎士が付く。逃げたり下手なことをされないようにという警戒は感じる。


(悪い事をしてしまったわね)


 コーデリアたちが捕まったと素直に信じている兵士は、難しい顔をしていた。もしかしたら助けようと考えてくれているのかもしれない。


 大丈夫だと説明したいが、協力してくれたことを知られてはますます迷惑が掛かる。


(上手く伝えられればいいんだけど)


 悩みつつ、階段を下っていく。


「一応聞くが、その装備はここで奪ったんだよな?」

「用が済んだら返すつもりではあったんだぜ?」


 否定はしないが弁解から入ったロジュスに、従騎士の表情が厳しくなる。


「返せばいいなんて、通じるわけがないだろう!」

(それはそうだわ)


 もっともである。言い訳でも何でもない。


「ともかく、さっさと装備を返せ!」

「へーい」


 緊張感のないやり取りに、兵士は深刻に思い悩んでいた表情に疑問を加えた。ただの罪人として捕らえられたにしては手心のある扱いに気が付いたからだ。


「あの。彼らは賊徒として捕まったんですよね?」

「そうなんだが。ほら、少し前に要塞近くでゴーレムが出現しただろう?」

「はい」


 シーフット要塞のどこに居ようと、何をしていようと気が付かない訳のない巨体と轟音だったはずだ。


「あれがどうやら魔書絡みで。その解決に協力してくれた民間人らしいんだ。しかし賊は賊だから……」


 自分自身もどういう態度で接するべきか、従騎士も困っている様子だ。

 逆に兵士の方は納得した顔になる。心なしかほっとした気配もあった。


 それは自分の所属している組織が、魔書を使って国にあだなそうとしている訳ではなかったという事実への安堵もあっただろう。


「そうでしたか」


 二人のやり取りの間に、コーデリアたちはさっさと着替えを済ませる。念のため、ロジュスとラースディアンには従騎士と兵士を警戒してもらいつつ。


「よし、お待たせお待たせ。んじゃ、牢に行くとしますか」

「見学に行くんじゃないんだぞ、まったく……。少しぐらい、反省する様子を見せたらどうなんだ」


 あまりの軽い口調に疲れたため息を零しつつ、従騎士は皆を先導して倉庫を後にした。


 連れていかれたのは更に別の棟。中央の砦程ではないが、作りは周囲よりも一段頑健に思えた。

 敵対した者を捕らえておく施設があるとなれば、厳しくなるのも当然か。


 階段を下って地下に入り、石で塗り固められた牢を示される。隙間の細い鉄格子で、抜け出すのは難しそうだ。


(意外と清潔……)


 牢という名前から想像する冷ややかさや、頑丈そうな様相はコーデリアが考えていた通り。


 しかし入るのは所詮罪人だからと清掃に手を抜かれ、腐臭が漂っているのではないか――という印象は撤回された。地下特有の湿っぽさはあるが、それだけだ。一番恐れていた異臭はしない。


 そして、現在使用されている房はないように見受けられる。


「いいか、よーく反省するんだぞ」

「はい」


 問題のある手段であったのは間違いないからだろう。従騎士の言い方も正しさを信じた自信のあるものだった。


 返事をしたのがラースディアンで、真剣に受け止めた様子が良かったのだと思われる。従騎士は一つうなずくと地上に戻って行った。


 上の出入り口には見張りがいるが、地下に残されたのはコーデリアたちのみ。

 加えて牢にいるのが自分たちだけとなれば、雑談に気兼ねはない。それぐらいは良い、ということでもあるのだろう。


「反省、反省かあ……」

「どうしたよ、真面目に。名目上入れられてるだけなんだから、別に気にすることねーって。似たようなことが起こったら、多分同じことするんだし」

「そう、そこよ」


 問題があったとは自覚している。

 なのにコーデリアが素直に反省の気持ちになれないのは、『次』を想像しているから生じる罪悪感からだ。


 同じ罪を犯すことを前提にした反省は、果たして反省と呼べるのか。


「次に起こったとき。罪にしないためにはどうしたらいいかしら」

「国に保証された、公的な立場を得るしかありませんね」


 コーデリアは手段さえ思い付いていなかったが、ラースディアンの答えは明快だった。むしろ、考えていたことがあるのかもしれない。


「禍刻の英雄だから、ある程度どこでも入ってよし、っていうお墨付きかぁ?」

「ちょっと、理由にしてもらえない気がするわね」


 巨鳥によって選ばれたのは事実でも、平民の立場が変わったわけではない。

 国としても魔物退治のための援助は行うが、逆に言えばそれだけしかないのだ。


「けど、今回の件は正に魔物退治絡みだろう。まー、禍刻の英雄としてやるべき案件かどうかは微妙だが」

「踏み越えている気配はあるわよね」


 これがフレイネルだけの謀であれば、神と魔の聖戦の内側にあると断言できる。


(将軍はゴーレムが発生したとき、すぐに討伐に動いた。シーフット要塞の近くでゴーレムを作るのも、協力関係にあるなら危ない行いだとも思う。だったら、ルーファス王子の訪問は本当に偶然?)


 禍刻の主討伐に際して協力が義務付けられているとはいえ、最早形骸化さえ漂う状況。他国の要塞に慰労などということがあり得るのか。


「ただ、魔物側の勢力がかかわっている以上、無関係ではないと思うんだけど。ロジュスは必要ないと思うの?」

「禍刻の英雄の役目は、禍刻の主を討ち取る事だけだ。それ以外はどうでもいいっちゃいい。こうして魔物退治の旅をしてるのだって、力を磨くため以上の意味はない」

「そうだったかも」


 次に禍刻の主が現れて、命を刈り取られるまでに対抗できる力を備えること。


(それも何だが、妙なことになってるけど)


 完成したら生贄になると言われている禍刻紋は、むしろコーデリアの成長に合わせて輝きを増しているように感じられる。


(生贄として完成っていうか、実力を付けるのを待っている、みたいな……)


 少なくともコーデリアに禍刻紋を付けた巨鳥の目的は、彼女の戦闘能力を延ばすことで間違いあるまい。

 けれど同時に、間違いなくコーデリアを禍刻の英雄――もしくは聖女として、排除しようとしている敵がいる。


(力を付ける以外はどちらでもいい、か……)


 その時見える敵こそが、真に禍刻の英雄の敵なのだろう。


「コーデリアのしたいようにすればいいさ。俗世のことはよく分かんねーし、コーデリアが向かいたい未来へ進めるように俺は協力する」

「改めて言われると、すっごく大きなことに聞こえるわね」


 ラースディアンとマジュの町を旅立ったとき。コーデリアは単純な気持ちで目的を心に描いた。

 世界を、魔物の支配から取り戻す。


(けど、本当は)


 本当にコーデリアが求める世界の形にするには、魔物から世界を取り戻すだけでは足りないのかもしれない。

 冷えた牢屋の壁を見詰めながら、そんなことを考えた。

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