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二十九話

 ぅ、お、おおぉ……


「!」


 所詮、土を固めて作られただけの物。痛覚などはないはずだが、己が害されていることは分かるらしい。

 口を模して作られた空洞に風が通り、呻き声のような不気味な音を響かせる。


 そして緩慢に腕を振り上げ、頭上にまで持ち上げた後。自重に任せた勢いで、今度は勢いよく地面に叩きつける。


「わ、と!」


 自分目掛けて振り下ろされた巨大な石の拳を、コーデリアは大きく飛びのいて避ける――が、その重量が生み出す衝撃によって、避ける術無く拳を受け止めた地面が揺れる。


 純粋に土で形作られた巨体は、見た目通りに鈍重ではある。ただし見た目通りに物凄く重いようだった。

 予想をして、余裕をもって避けたつもりのコーデリアが、響いた衝撃によろけてしまうぐらいに。


 転倒しかけた体を支えるため、地面に手を突かざるを得ない。そこに、頭上から赤い光が降り注ぐ。


「?」


 光源は何かと顔を上げたコーデリアの目に入ったのは、ゴーレムの顔面。

 人間であれば目がある位置に生じた魔力結晶が、強く輝いていた。


 内側で光が収縮され、閃光が放たれる。

 右から左へ。ただ首を振るだけのその動きで、紅の閃光がカーテンのように面を薙ぐ。


「わ、わ!」


 慌ててさらに斜め後ろへと下がる。が、どう見ても光の方が早い。


「水壁よ!」


 コーデリアが避けようと下がった更に後方からラースディアンの声が響き、コーデリアの前に水の壁が立ち上った。


 熱閃は水を蒸発させながらも威力を弱め、コーデリアの元まで到達できたのはほんの僅かに留まった。


「そっちが先か!?」


 ある程度狙いやすい肩や背中の死角を責めていたロジュスが、狙いを変えて矢を放つ。右目の位置にある結晶を矢が貫き、その衝撃でゴーレムは大きく上体を逸らした。そのまま後ろに数歩、たたらを踏む。


「せぇーのっ!」


 よろめいたせいで、ゴーレムの重心は定まっていない。後ろに回ったコーデリアは、膝裏の位置にあった結晶を殴り壊す。


 ゴーレムは前後に激しく揺れると、地響きを轟かせて地面に倒れた。巨体が与えた衝撃で、大地が大きく揺れる。


「おっしゃ! 壊せ壊せ!」

「うわ、こんなところにも」


 倒れたおかげで発見できた足裏の結晶から破壊しにかかる。立ち上がられてしまったら、まず手が出ない。

 しかし、結晶化している紙片の量がとにかく多かった。


(もう少し人手が欲しいわね、切実に!)


 ゴーレムは早くも、起き上がろうともがき始めている。もう少ししたら、下手な跳ね除けられ方をしないように離れるべきだろう。


 せっかく無抵抗な状態に持ち込んだので、惜しくはあるが――と、コーデリアが未練を捨てきれずにいると。


「かかれ!」


 砦から出てきた騎士たちが、ギリアムの号令の元一斉にゴーレムへと突撃してきた。


 鎧という重しを加えた十数人の騎士たちがゴーレムの上に陣取り、立ち上がるのを妨害しながら結晶を叩き壊していく。


 今、ここにいる者の目的は一つだ。付け焼刃ながら連携を図りつつ、ゴーレムを止めようとする。


「これで終わり!」


 コーデリアが脇の内側に潜り込んで最後の一つとなった魔力結晶を壊した瞬間に、ゴーレムは動きを止めた。


 そして末端部分から形を崩し、重力に従った通りの土へと戻っていく。


「……」


 共通した敵だったものが残した土の山を挟んで、コーデリアたちと騎士たちが向かい合う。

 敵対的という程ではないが、どうするべきかを迷う空気が互いに流れていた。


「皆、ご苦労」


 気まずい沈黙の中、まず言葉を発したのはギリアムだった。

 部下である騎士たちを労い、それからコーデリアへと近付いて来る。


「君たちが危惧していたのは、あれかね」

「何が起こるのかは分かっていなかったけど、大体そうよ」

「成程。確かに、脅威ではあった。君たちが私欲で砦に侵入したわけではないのも、認めても良い。しかしそれと規則は別である」

(まあ、そうなるわよね)


 誰もが自分の正義に忠実になって、法に反していようとも公益性が高い結果をもたらせば良い、などといい加減な前例を作るわけにはいかないだろう。


 個を押し殺しても組織に従う必要もある、社会秩序の中では。


「君たちを捕縛する。無駄な抵抗をして、これ以上の罪を重ねないように」

「どーする?」


 ギリアムの判断を受けて、ロジュスはコーデリアに訊ねる。コーデリアの答え次第で、強行突破もやりかねない気配があった。


「ちょっと強引に侵入したのは事実だから、従いましょ」

「了解」

「物分かりが良くて何よりだ。――彼らを連行せよ。ただし、穏便にな。聴取は私が行うこととする」

「はッ!」


 抵抗の意思がないことを表明したコーデリアたちへの対応を、ギリアムは軟化させた。武器も納めただけで解除されず、連行というよりは案内といった雰囲気で砦の中へと戻っていく。


 秩序のための規則は重要だ。だが同時に、成したことも無視されてはならない。そういう事だろう。

 中央の主棟に戻る途中で、一行に向かって騎士が一人、駆け寄ってきた。


「将軍、こちらでしたか。ご報告があります」

「うむ。述べよ」

「はッ! 魔書の保管に使っていた会議室にて、民間人が多数出現いたしました。顔と名前の照会を行ったところ、どうやら皆、魔書を納品しに来た者たちのようです」


 納品をしに来た者たちの記録は取っていたようなので、確認は容易だっただろう。


「同時に、魔書が消失いたしました」

「……邪なる魔術とは、実に奇なる物よ」


 魔書が消えて人が現れたというならば、コーデリアが感じ取ったように、人々は魔書の中にいたのかもしれない。

 そして大本が破壊されて、力を失った。


 片手で持てるような本の中に、どうやって人が入っていたのかは謎であるが。


(まさに、邪術というものは奇怪で、恐ろしいものだわ)


 心からギリアムに同意する。

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