二十六話
王都に戻ってアルディオに相談することはできるが、それで事態が動く保証はない。それどころか、満足に取り合ってもらえない気がしている。
明確に被害が生じていると、証明ができないからだ。
逆に言えば、証拠があれば国を動かすこともできるだろう。
「それなら、いい物がある。地下倉庫に案内しよう」
「いい物?」
「来たまえ」
説明はせずに、兵士は席を立った。
不安を覚えつつも、コーデリアも立ち上がる。民と国を護ると言った彼の言葉を信じたいと思ったからだ。
迷いなく塔の中を進み、螺旋階段を下って地下へ。目の前にある扉を開くと、そこは言われた通り倉庫のようだった。
「ここには、予備の兵装が仕舞ってある」
「おお」
これだけ広い砦だ。全員が全員、顔見知りというわけではない。制服を着ているだけで注意の目は大分減ることだろう。
「ただ、いないわけではないが女性は少ない。軽くでも男装をしておいた方がいい」
ほぼいないからこそ、多少女性らしさが残っていても『まさか』と思ってもらえる。
「このシーフット要塞にある入り口は正面だけだ。私は今から夜が明けるまで、外の見回りをしようと思う。以後はおそらく、今日と同じく雑務の管理をしているだろう」
(これからもここで働き続ける人に、迷惑はかけたくないけど……)
逃走しなくてはならない事態に陥ったとしても、できる限り自力で切り抜けたいものだ。
しかしどうしても無理ならば、頼らざるをえまい。
「幸運を祈る」
「ありがとう。正式に国からの支援を受けられるように頑張るわ」
コーデリアたちを置いて、兵士は上の階へと戻っていく。
「さて。ここはやっぱり、一番人数の多い階級に属するべきだよなァ」
「つまり、無階級の一般兵ですね」
「ついでに、新人ですみたいな顔をしたいわね」
慣れていないのを不審に思われないように。
ここに来るまでにも一番多く目にした、飾り気のない制服をそれぞれが手に取る。
規則正しく配置されている棚の一つを目隠しに使って、コーデリアも手早く着替えた。
「……服、どうしよう」
「諦めるしかありませんね。上手く事が運べば、再び手にできる機会もあるでしょうから」
「……そうね」
旅立って割とすぐ、宿場町で行き会った商人の一家から貰った服だ。
気持ちも含めて、残していくことに後ろ髪を引かれる。贈ってくれた当人たちは、きっと良いようにしろと言ってくれるだろうが。
(たとえ今回無理になっても、いつか戻ってきて取り戻そう)
決意と共に、未練を振り払って前を向く。
「将軍の部屋……って言うぐらいだから、きっと一番立派な建物の、上の階よね?」
「そう思います」
正面の入り口から入ったときに直線上にあった建物。きっとそこが要塞の中心だ。
「じゃ、行きましょうか」
「おー」
倉庫を出て、総務部がある塔からも去る。シーフット要塞は中央の城砦と、周囲にあるいくつかの建物、そして尖塔から成り立っている。そしてそのすべてが独立していた。
(どこかが機能できなくなっても、戦い続けられるように……って感じかしら)
幸い、建築以来そのような事態に陥ったとは聞いたことがないが。
ぽつぽつと見張りの兵士は見掛けたが、恰好のおかげが目を引くことはなく、声を掛けられもしない。少ないながら私用で砦内を歩いている者もいて、あまり目立たずに済んだのだ。
(……ただ、ここから先はさすがに、ね)
中央の本棟は静かだった。
人がいないわけではない。むしろ一番多いだろう。単純な人数だけではなく、動いている人々、という意味で。
彼らは巡回という仕事中なのだ。予定外の人員であるコーデリアたちは、兵士の装いをしていても声を掛けられることを避けられまい。
「どうする?」
「そうだな、再び古典的で効果的な手で突破するとするか」
「この状況で採るならば、陽動ですか」
騒ぎを起こして人を動かし、隙を作る。
大別すれば、人が囮になるか見に行かざるを得ない事故を起こすかの二択だろう。
ただでさえ少ない人員を囮に割くことは出来ない。心理的にも危険が高い役割を振るのは避けたいという気持ちがある。
「……やっぱり、火?」
「火ですかね」
コーデリアと同じ意見らしく、ラースディアンも事故を起こす方を選んでくれた。
「よし、適当な場所を探そう」
巡回をしている兵士はいるが、それでも昼間の人の目とは比べ物にならない。一旦建物から離れて、辺りを物色する。
さすがに、都合よく派手に燃えてくれそうなものはない。
「延焼されても困るし、遠すぎて本棟から人が出てこないんじゃ意味ないし。うーん」
コーデリアが手頃なものを見つけ出す前に、張り詰めた夜の空気に警笛が響き渡った。続いて、より多くの兵士たちに告げるための警鐘。
比較的静かだった砦内が、にわかに騒がしくなる。
直後、頭上でガラスが割れる音がして、防犯のための鉄柵が落下してきた。
「きゃっ!?」
「っと」
ガラスはどうやら一番高い三階部分で割れたようだ。やや広がって落下してくる破片の範囲から抜け出すのは難しい。
ロジュスとラースディアンがコーデリアを庇うように左右に立ち、同じ風の呪紋を発動させる。
「ありがとう。でも、一体何――……あっ!」
頭上を振り仰いだコーデリアは、割れた窓から飛び出してくる人影を見付けた。
夜中の闇と、距離があるせいで断言はできない。しかしシルエットに既視感を覚えたのだ。
(ロブかロッシュか分からないけど、白狼砦の盗賊のような気がする!)
話を聞きつけ、ついに国の砦にまで忍び込んだのか。
「無茶と言うべきか無謀と言うべきか、もしくは自信家か。どちらにしても大した思い切りの良さですね」
「俺たちもあんま人のこと言えねーけどな。けど、これは好機ってやつだろ」
急ぎロジュスは呪紋を構築して、放つ。
空中で破裂した空気の圧が、大きな音を鳴らして木々を激しく揺さぶった。砦内の注目をさらに引き付けるのに十分な騒々しさだ。
微妙にロブが逃げ去った方角と逸らしているのは、図らずも援護になってくれたことへの感謝か、上手く逃げて時間を稼いでほしいだけか。もしくは両方かもしれない。
ともあれ、陽動としては効果を発揮した。本棟からも人が出て行っている。
(まあ、まさかもう一組、まったく別々に侵入を狙っているとは思わないでしょうね)
奇跡的な偶然だ。
勿論それでも、空になったわけではないだろう。しかしこれ以上は望めまい。
「んじゃ、今の内だな」