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二十四話

(い……意外と上手く行くものね)


 だがここは、条件が良かったと考えるべきだろう。


 砦の中に入っても、馬車は迷わず進んでいく。慣れた道を進む淀みのなさで辿り着いたのは、やはり厩舎だった。


 荷を降ろされ始めるとばれるので、止まった瞬間に荷台から這い出す。


 そして今度は手近に積まれた古い飼料の中へと潜り込んだ。隣に新たな飼料の山ができる音を聞きながら、息を潜め続ける。


 そして作業を終えた荷車は、来たときと同じように迷いなく去って行った。


(人の気配は……ないわ)


 しばし馬の息遣いだけを耳にする時間を経て、意を決して動き出す。

 コーデリアが動いたのを皮切りに、ラースディアンとロジュスも這い出してきた。


「うう。流石にこっちは馬臭いな」

「それだけ臭いがこもっているということですね」

「助けられたんだし、いいじゃない」


 軽く服を払って飼料を落とすが、全てを落としきるのは無理だろう。適当な所で切り上げる。


「順調に来れて良かったけど、ここからどうする?」

「やはり、夜を待つべきでしょうか」


 性質上、普通の町よりも警戒の厳しさは継続されるだろうが、それでも昼間よりは人の目が少なくなって動きやすいはずだ。


「ま、それが妥当だろうな。あとは……」

「あとは?」

「急に馬が必要になる事態にならないのを祈るだけだ」

「それはそう」


 人の気配を感じたら飼料の中に隠れるのを繰り返して、どうにか時間をやり過ごしていく。


「待ってると、時間の進みってすごく遅く感じるのよね……」


 ようやく太陽の光が朱色に変わってくると、コーデリアは安堵の息を付いた。


 見つからなかったことにか、飼料の中から解放される時が近いことか。どちらが強いかはコーデリアにも分からない。


 しかし急いては事を仕損じるとも言う。

 逸る気持ちを抑えて、とっぷりと日が暮れるのをしっかり待ってから動き出す。


 厩舎の世話係が巡回を終えた直後に、小屋を出た。


「でも、少しほっとしたわ」

「ほっとした、ですか?」

「もしフレイネルが堂々と居座れるなら、もう砦は魔物側の手に落ちてるってことじゃない? でも砦にいるのは普通の兵士や騎士の人たちっぽいし」


 なぜそれが分かるのかと言えば、彼らが戸惑っているからだ。


 無関係な者たちが間断なく訪れることも、入ることを許されることも。異例だらけで意味が分からない、といった様子だ。


「確かにそうだ」

「でもさすがに、魔書の魔力を探すのは無理そう。どこから探すべきかしら」

「魔書の受取主を探してみるのはどうでしょうか」


 報酬を受け取るには、依頼の完遂を証明しなければならない。砦内部の裏切り者がどこかの段階で必ず動いているはずだ。


(そんなに複雑にもしていなさそうではあるわ。彼らは自分たちが隠れようとは思っていない)


 むしろ堂々としていると言っていいだろう。


「つってもな、どうやって探す? 聞いて回るわけにもいかないだろ」

「いえ、聞いていいと思いますよ。砦の雰囲気から察するに、魔書関連の来訪者はとても多い。『またか』と思ってもらえる可能性が高いです」


 ましてすでに砦の中にいる。正当性が認められないと部外者が砦に入ることは許されないのだから、当然、コーデリアたちも許可を得て入っていると考えるだろう。


「勿論、最低限の接触にするべきだとは思いますが」

「堂々としていた方がいっそ怪しまれないってやつか」

「そういう事です。――では、そういう事で」

「やってみましょっか」


 そして何食わぬ顔で、一人で歩いている兵士を探す。

 然程経たないうちに一人の兵士に狙いを定めて、目配せをし合った。


 一般的な人からの信頼度が一番高いだろう、神官であるラースディアンを矢面に出す。コーデリアとロジュスはその後ろだ。


「すみません。少し訊ねたいのですが」

「うわ! な、何だ。また一般人か。……また本の納品なのか?」

「ええ、そうです」


 さらりと肯定したラースディアンに、まだ年若い兵士の少年は呆れた息を付く。


「こんなところで何をしてるんだ? 受け取りは総務部だって案内されなかったか?」

「お忙しかったようで、場所と道は教えていただいたのですが、迷ってしまって」

「それでこんな時間までウロウロしてたのか!?」

(さすがに苦しいかしら)


 少年兵の言い方からするに、陽が暮れてからは受け付けていないのだと思われる。また翌日来いと追い返されるのだろう。


「仕方ないな……。俺が案内してやってもいいけど……」


 言いながらも、どこか迷う様子で周囲を見回す。


「なあ、その依頼、前金とかもらってるのか。違約金が法外だとか」

「いえ。そのようなことはありませんが……」


 少年兵の意図が分からなくて、ラースディアンの返し方も曖昧になる。

 だがその歯切れの悪さを気にすることはなく、少年兵はぐっと顔を寄せて囁いた。


「だったら、戻って解約しろ。実績に傷は付くだろうが、絶対にその方がいいって」

「……なぜですか?」


 少年兵が知っているだろう情報を聞き出すために、先を促す。


「その依頼はおかしい」

「……」


 すると、実に素直な意見が発された。


「普通だったらそんな、こっちがしたわけでもない依頼なんかで一般人を中に入れたりなんかしないんだ。なのに将軍が『おかしいから、調べるためにも通すように』って……」


 誰かに聞き咎められるのを恐れるように、少年兵は早口に囁く。


「将軍が。砦の総責任者の方ですか?」

「そうだ」


 人員皆に指示ができるのだから、そういう事だろう。

 砦の最高責任者が、普段ならばやらないことをしている。その事実はコーデリアの背中を寒くした。


「では、調べられてはいるのですか?」

「分からない。でも砦に来る奴らが減っていないのは間違いない」


 つまり、解決はしていない。


(まさかその将軍が禍招の徒、ということ……?)


 事実だとすれば、大変な事態だと言えよう。世界を魔物に明け渡そうという思想の持ち主が、国境の警備を担っている、ということになってしまう。


「だから、今のうちに帰るんだ」

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