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おとなりさんの診療所  作者: 蒼空チョコ
第一章 開かずの風穴と母の愛
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雪女のお願い

 日焼けなんて縁遠い肌と長いまつ毛に、さらりと伸びた長髪。笑みでも浮かべば同性でも見惚れてしまう整った顔立ち。そして、周囲に漂う冷気。

 それらが彼女というあやかしの特徴です。


 正体は初見の時でさえ聞くまでもありませんでした。

 起源は室町時代から語られている由緒正しき妖怪、雪女です。


 ぶるりと身を縮めた次の瞬間、彼女は目の前に現れていました。


 ――白装束の女性が土下座しています。

 なるほど、そう来ますか。


「つららさん、今日はお世話になる予定だったんですけど……」

「ま、毎度ご贔屓にどうもですぅ。でもですね、別件でご厄介になりたいことができまして……。小夜ちゃん、助けてくれませんかぁ!?」

「うーんと。とりあえず頼んでいた仕事を終わらせてもらってからでもいいですか?」

「はい、直ちにぃっ!」


 現代のあやかし事情からすれば知名度が高い雪女は大妖怪の地位さえ取りそうなものですが、幅を利かせることもない性格です。

 涙目のつららさんは私の手を取ると、率先して院内の冷蔵庫前に移動しました。


 あやかし診療所には電気が通っていません。

 まほろば自体に文明の利器がほとんど存在しないので機械は自家発電機で賄っていますし、冷蔵庫は氷冷式です。


 では、そんな世界で雪女はどうやって生計を立てているでしょう?

 その答えが冷蔵庫にあります。


 一番上の空間には小さな雪だるまが一つ。

 つららさんがそれを撫でると周囲が一層冷え込みました。


 これは一定時間冷気を放出してくれる氷精なんだとか。


 あやかしにとっても食事は立派な娯楽。

 そして冷蔵、冷凍保存の薬がある診療所にとっても冷蔵技術は欠かせないので大事なパートナーになっています。


 というわけで、お仕事はあっという間に終わり。

 同時につららさんは平伏し直しました。


「実は懇意にしていた家庭内の不和を取り持とうとしていたんですが、手に負えない事態になってしまいましてぇ……」

「警察や魔祓い師が出張る凄惨な案件だとお力にはなれないですよ?」

「いいえ! 政府と一緒になって闇に葬る案件はそんなに……おっと」


 つららさんはそう言って露骨に視線を逸らします。


 人食い、特殊能力もありきのあやかしです。

 それで闇に葬るなんて言われると、映画の世界みたいなとんでもないものを想像してしまいます。


 まあ、獣医業界ですらあやかしの診療をするくらいです。

 人とあやかしが組んでスパイや宇宙人を撃退。

 実にありそうではないですか。


 ですが、詮索はしません。


 祖母が口酸っぱく言うことと同じ。

 私は私にできる範囲のことを見るだけです。


 それは置いといてと、かわいらしくジェスチャーするつららさんは話を元の路線に戻してきます。


「とにかくですね、これはそういう事態ではないですし、家族の問題は自分たちで解決します。だけど……、小夜ちゃんは『開かずの風穴』という名前をご存知です?」


 問いかけられ、私は顎を揉みます。


 我が家の仏間裏にある書斎には、祖母があやかしと付き合うために若かりし頃から集めた書物があります。


 小学生低学年時から鍵っ子同然だった私は暇を飽かしてそれを読破しましたが、それでも聞き覚えのない言葉でした。


「初耳です。最近できた噂でしょうか?」

「はい。まだまだ地域限定の話ではあると思いますぅ」


 風穴といえば富士山の周辺に複数存在する火山由来の地形です。

 私が住む甲府市は富士山の北西に一、二時間という距離なので観光で訪れた経験もありました。


 簡単に言えば溶岩が作った洞窟で、年中気温が一定なのが特徴です。

 昔は蚕の卵や種子の保管庫として利用し、一部は氷も貯蔵したことから天然の冷蔵庫と言えます。


 冷気に関わる雪女が語るに相応しい題材でしょう。


「『開かずの風穴』とは、とある田舎の保存庫が開かなくなったお話です。まだ大した実害もないんですけど、それ、縁があるご家族の仲を取り持とうと私が起こした行動で生まれた怪物が原因なんですぅ。その子の保護だけでもしてもらいたくて……」


 雪女のようにシチュエーションが複雑なあやかしと違い、雷獣やかまいたちなど自然現象をもとに想像されたあやかしは突発的に生まれることが多くなります。


 それと同じく都市伝説や未確認生命体もそれらしい事件さえあれば記事や番組で噂が膨れ上がり、発生するというわけです。


 ですがご家庭の不和を解消する行動がどうして怪物とやらを生む結果に繋がったのかは皆目見当もつきません。


 つららさんはうっかりが多い人でも、比較的人に近い感性を持つあやかしです。

 何かあったとすれば、それは不幸な事故でしょう。


 ひとまずいつまでも土下座はよくありません。

 彼女の両手を取り、立ち上がってもらいました。


「一体何があったんですか?」

「直接の原因は多分、民俗学者をしている息子さんの研究資料を私が持ち出したことだと思うんですぅ」

「民俗学者の資料……」


 はて。

 妙に引っかかるセリフです。


 常日頃、情報収集をしているだけにどこかで似た案件を耳にしたのでしょう。

 あれでもない、これでもないと記憶を遡っていくと心当たりがありました。


「もしかして、大学でイエティの証拠を紛失した事件ですか?」


 藤原巳之吉――確か、そんな古風な名前の教授が謝罪会見に出ていた映像を先程見ました。

 言葉にしてみると、つららさんの反応は明らかに変わります。


「……うぅ。やっぱり聞いたことがあるんですねぇ。事が巳之吉さん以外にも露見するし、騒ぎで生まれたのは見たこともない怪物でしたし、本当にいろいろと大事になりすぎましたぁ……!」


 天を仰いでぐずつきそうになっていましたが、それでは話が進みません。

 つららさんは自制して語り始めます。


「巳之吉さんは若い時に家を出て以来、あまり実家に帰っていなかったんです。けれど最近、お父さんが寝たきりになって容体もよくないので一目会わせるためにもと……」

「なるほど。返して欲しくばご家族に一目会いなさいって脅そうとしたはずが、騒ぎが大きくなってしまったんですね」

「はい……。しかもこの騒ぎで生まれたあやかしは何故か白い虎みたいな怪物で、私の知るあやかしではないんです。一応人懐こい子ではあったんですけど、体調が悪そうだし、保護するにしても一人では手に余ると思いまして……。娑婆で動けるし、治療も任せられる小夜ちゃんが適任と思ったんですぅ」


 この世界はあやかしにとって住みよい『まほろば』。

 逆に人間の世界は事件でも起こして知名度を上げないと体力を削られる辛い場所なので、あやかしの間では『娑婆』と言われています。


 ヤクザ用語ではなく、仏教用語的な意味ですね。


「しかし、どうして人間のご家族にそれほど入れ込むんですか?」

「昔、雪山で助けてあげた人の子孫なんですよね。その縁がずっと続いていまして」

「なるほど。身内も同然というわけですか」


 つまりこの話は先日雷獣を保護した件と似ています。

 つららさんは手を合わせて拝んできました。


「小夜ちゃん、この怪物のことを助けてくれませんか?」


 娑婆で活動しにくい彼女らの代理でお悩み解決をする。

 それも祖母が昔からしてきたことでした。

 


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