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おとなりさんの診療所  作者: 蒼空チョコ
第二章 青竜と歯石除去
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廊下中央の怪異に願い奉る

 並べた資料からして講習会の復習をしていたのでしょう。しかしながら娑婆は辛い環境ということもあり、途中で電池切れになることが多いのです。

 こんな時のために――いえ。一緒に勉強するために置かせてもらっている折り畳み椅子を引っ張り出して寝顔を眺めます。

 狐の神使と人のハーフ。つまりは妖狐に近いわけで、その中性的で端正な顔立ちには惚れ惚れします。

 この唇で甘言を囁かれようものなら女性はころりと落ちるだろうし、この目蓋に隠れた赤みのある瞳に見つめられれば心を射止められるでしょう。

 そんないわゆる妖狐と真逆の性格で生真面目なわけです。

 となるとこちらからあの手この手でお堅い表情を引っぺがしてみたくなります。

「……というわけで焼きおにぎりさんの出番ですね」

 ほら。寝ている犬の前にジャーキーを置くとハッと目覚めて食べる的なアレです。彼はどんな反応を見せるでしょうか?

 香り豊かな焼きおにぎりを彼の寝顔の傍に置いてみます。

 すると眉が微かに動きました。呼吸のリズムも少しばかり変わります。

 けれども惜しいことに目を覚ますには至りませんでした。やはり人と動物では嗅覚や食欲の差が大きいのでしょう。

 斑さんがこれから起きるでも、眠ったままでも構いません。その名前の由来となった白と黒が入り混じる髪を撫でて待ちます。

 すると、数分もしないうちに彼の目がぱちりと開きました。

「……小夜ちゃん。これは一体何の儀式かな」

「儀式なんてそんな大層なものじゃないですよ。そうですね、食欲と睡眠欲のどちらが勝るか試してみた的なものです」

「お夜食ってわけだね。それはそれでありがたいよ」

 眼前に置いていた結果でしょうか。斑さんのお腹はタイミングよく鳴って自己主張します。

 私の手料理が無事に食欲を掻き立てられた証拠ですね。彼の気恥ずかしそうな表情も含め、こちらこそごちそうさまでしたと言いたくなります。

「じゃあ遠慮なく頂きます」

「はい。若干冷めちゃいましたけどまだ温かいはずです」

 割ればまだ十分に蒸気が出るくらいには熱があったようです。

 ほふほふと冷ましながら食べる様を眺めていると、その食指は徐々に鈍り、少し顔を赤らめられました。

 自分の作った料理を美味しそうに食べてくれている様もまた報酬なわけですが、流石に控えましょう。

 そういえば小さい頃、母と祖母も私が食べる様を見て満足そうにしていたのを思い出します。反応が楽しみとはいえ、当人としては食べにくくなるものですよね。

「ところで、もうどっぷりと夜なんだけど小夜ちゃんはまたお酒を飲んだね?」

「つららさんへの頼みごとを円滑にするために致し方なく……」

 よよよと泣くように顔を背けてみると、ジト目が横顔にちくちくと刺さるのを感じました。

 ここは素直になっておきましょう。

「君はそう言って堪能する子だよね」

「楽しめる時は楽しまないと損じゃないですか。それに、明日は早いのでこちらに泊まると家に伝えてきています」

「新幹線で行くわけじゃないからそんな大げさに備えなくてもいいんだけどね」

「そこに敢えて予定をねじ込むことで実行に移すわけです」

「信が言った通り、多少の無理は押し通してから結果論で語っているね」

「この程度はかわいいものではないですか? それに、ダメならダメとすぐに指摘できる状況です」

「確かに僕らが過保護すぎるっていうのもあるね」

 熱血ヒーローの無茶とは違う点は認めてくれているのでしょう。斑さんは深く頷いてくれました。

 それはさておき、先程の移動の話です。

 甲府から京都まで普通の手段で行けばそれなりにかかったでしょうが、これは神様からのお呼ばれ。我が家からこのまほろばまで次元を跨いだように、移動するならば一瞬で終わる手段があります。

 ふむ。もしかすると、その大掛かりな転移の下準備による変化が祀らいなき神様を呼んだのかもしれません。その辺りは少し興味深いところですね。

「ごちそうさまでした。今日のおにぎりも美味しかったよ」

 などと考えを巡らせていたところ、斑さんは完食しました。

 彼は勉強材料を再び手に取ります。

「まだ復習を続けるんですか?」

「そうだね。一応、本と照らし合わせて理解したい部分がまだ残っているから」

「では私はお盆を片付けて寝床を探すとしましょう。斑さん、何なら小さい時みたいに一緒に寝ますか?」

 私が幼稚園児くらいの時は祖母も家族も、斑さんのお母さんや病院スタッフも一緒に庭でバーベキューをしたものです。

 大人たちが談笑する中、早く眠気に襲われた私に付き添って兄と斑さんも合わせて川の字で寝た記憶がありました。

 まあ、今さら兄の隣で寝る気はないですが、美しき思い出ですね。

 そういうものを修学旅行の夜のように語り明かす夜も乙なものです。

「こらこら。年頃の女の子がそういうのはあまりよくないよ」

「何を言いますか。十八歳から一人暮らしをする女子大生に比べれば自宅生の私は貞淑そのものですよ。サークル活動、アルバイトもなく、ここに入り浸っているわけですし」

 大学入学からしばらくして彼氏ができる。そして、借りているはずの家はほとんど物置状態で、彼氏の家で同棲という知人も幾人かいました。

 そんな大学生は斑さんも想像できたのでしょう。反論は勢いが弱ります。

「そうだね。でも、入り浸りすぎというのもよくないと思うんだ。特に今はまだ、ね」

「……なるほど」

 恥ずかしがるとか、嫌がるならまだわかります。けれどもどこか後ろめたそうに距離を置こうとするこの顔には覚えがありました。

 私がセンリに憑りつかれてから、祖母がまほろばに移ると決めるまでの間のこと。

 優しいお兄さんだった斑さんはこうしてよそよそしくなったのです。

 それが寂しくて困惑していた私を待っていたのは、祖母と斑さんの失踪でした。

 もうあんな事件を起こさないため、二人はどことも知れない場所に行ってしまった。そんな話を後から聞かされたのです。

「つまりアレですね。私がおばあちゃんの課題をクリアできなくて出禁にされた時のため、未練になりそうなことはしない方針ということですか」

「うっ。今の一瞬でどうしてそこまで伝わるのか不思議だよ」

「それはまあ、見覚えがありましたからね。おばあちゃんと斑さんがどういう予兆の後にいなくなったのか、考える時間はたっぷりあったんです」

 当時は幼稚園児だったわけで、全てを説明するわけにもいかなかったでしょう。

 けれども動物病院でみんなが勤務していたり、兄も高校生になって忙しくなる時期だったりと誰も傍にいない時間が急に増えたのです。

 それはもう、何度も記憶を反復して意味を探しましたとも。

 ぎこちない表情の斑さんに私は意地の悪い顔を向けます。

「今はまだということですし、言質を取らせてもらいましょう。つまり、私が正規採用になればいろいろと解禁というわけですね?」

「確かにそういう胸の内があるのは確かだよ。だけど、小夜ちゃん。解禁って言葉選びはどうなんだろうか」

「斑さん、私たちはもう大人ですよ? そんなことでは私とミケさんとつららさんの女子トークを聞いた日には卒倒します」

「卒倒……」

 今はまだということは、これから先もあるということです。

 どうやって捉えているのか探りを入れる言葉選びくらいは許されたっていいでしょう。

 密かな希望で言えば、優しいお兄さんという立ち位置から変わることでしょうか。その辺りの考えは改めてほしいところです。

 まあ、あまりやりすぎても捕らぬ狸の皮算用でしょう。本日はここまでです。

 お盆を持った私は斑さんの部屋を出ます。

 すると、廊下の中央――それも祖母の部屋の近くにセンリがぼてっと落ちていることに気付きました。一階に行くために跨いで通ろうものなら足に食らいついてきそうな気配があります。

 寝床は祖母の部屋か、つららさんを放り込んだ一階の休憩室になるわけで。

 イエティ親子を毛嫌いするセンリからすれば、通したくないのはわかります。

 わかるのですが、一つ問題がありました。

「センリ、お盆を片付けるのだけ許してもらえません?」

 ふて寝したまま耳だけピンと反応させる守護霊様に、私は願い奉るのでした。

 


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