プロローグ
我が家、芹崎動物病院には、昔から“人以外のもの”が出入りをしています。
来院する大部分はふっさりした毛皮に包まれたかわいい子たち。仕事内容はもちろん彼らを治療することです。
「かわいそうに。こりゃあ深く切ったもんだね。縫ってやろうか」
祖母は野良の治療に関してはぼやきがちです。
そもそも飼い主がいなければ治療費が発生しないので家計を圧迫するし、野良なら感染症や寄生虫を患っていることが多く、処置室や入院室も汚染しかねません。
一度手を差し伸べたのなら、最後まで。
祖母の口癖ですが、実践はとても難しいのです。
それでも「仕方ないねえ」と零して獣医師としてのやりがいを体現していました。
今も昔も変わりません。私が尊敬する姿です。
幸か不幸か、その心優しさが我が家を少々特殊な動物病院にしました。
『ありがとう、親切な人。最近はあやかしの力も弱まって治りにくいったらありゃしない。助かったよ』
若かりし頃の祖母がこうして猫又に治療した結果、評判が評判を呼び、“あやかし”も病院に集まるようになったそうです。
意外なことに、現代のあやかしは病気になるくらい窮することがあるそうな。
何故なら彼らは想像と現実の落とし子。
人が逸話を信じ、畏れないと弱る生き物だというのに科学は不思議を解き明かすばかり。超常の力で生きてきた彼らは治し方を知らず、現実の荒波に揉まれはじめたのです。
祖母は仕事の裏であやかしを治療し、彼らは律義に恩を返してくれました。
おかげで我が家は繁盛しましたとも。
どこからか持ってこられる海の幸、山の幸。
不意に舞い込む幸運。
ごく普通の動物病院が、いつの間にか地元で指折りの名家です。
しかし、超常的なものが集まればいつかは事件が起こるもの。
祖母が母を産み、母が兄と私育てているうちに我が家を出入りするあやかしを目撃する人が一人、二人と増え、ある噂が生まれました。
生き死にがある動物病院だから『苦しんで死んだ動物の霊が出たのでは?』という噂です。
これが災いしました。
そんな畏れと信仰心こそが、あやかしという超常的な存在を産む根源。
結論からいえば、私、芹崎小夜は空想から生まれた悪霊に憑りつかれたそうです。
祖母の日頃の尽力に応えるため、あやかしの神様が私に守護霊をつけて救ってくれたそうですが、この事件に祖母は大きなショックを受けました。
そして祖母はもう二度とこんなことが起こらぬよう、父母に動物病院を継ぎ、あやかしと共に遠く離れた土地へ去ってしまいましたとさ。
それが約十五年前。私が小学生になったばかりの話です。
私が憧れた人は私のせいで家族も捨て、仕事に身を捧げていました。