第7話:プロは土地さえタダでもらう
本日2本目。
テーブルに座った3人の目は非常に居心地の悪いものだった。
勇者テリオマさんはこちらを責め立てるような目でこちらを睨んで来ているし、お母さんの方は……確かマリヤだったっけか。
マリヤさんはなにか決意を固めたような眼でこちらを睨んでいた。
もう1人、マリヤの娘であるタルヤは僕を懇願するような、どこか諦めたような目でこちらを見ていた。
その瞳は今にも溢れんとする涙で潤んでおり、目を合わせるだけで非常に罪悪感を煽られる、紛うことなき凶器である。
なにか喋りだしたら泣かれそうだな……泣いたら面倒くさそうだな。
ふと店の景観を見れば、それは正に探索者の為の酒場。本来なら人で賑わい、活気に溢れ、暴力が行き交うであろう荒くれ者の集会場。
全体的に薄暗い雰囲気は探索者の好む凶暴性を引き出すのに特化した完璧な具合だし、荒々しく少々安っぽい調度品等もそれらを加速させる。
外観内観共に完璧なものだろう。
しかしそこにいるのはたったの4人。人払いをした訳でもなく、貸切になっている訳でもないのにたったの4人だ。
……それも店員含めて。
閑古鳥が鳴くどころの騒ぎではない。閑古鳥の群れが巣を作って住み着いてるとしか思えない静けさだ。
内観と静けさのアンマッチに、嫌な雰囲気が僕に纏わり付いてくるのが分かる。
「いただきます」
その雰囲気に耐えられずに、僕は出された料理に口をつけた。
テルコルニルの肉を塩バジルニンニクとその他調味料と共に料理酒を投入。
蒸すように焼いて水分を飛ばす。その過程で出来た料理酒と調味料の絡み合った甘辛いソースは料理に掛けて再利用。
なるほど、黄金酒と相性が良いスパイシーな料理だ。高い値段にも頷ける。
そうと決まれば酒が欲しいが、どうやら置いていないそうだ。
そう、これだ。
探索者御用達の店感が出過ぎて一般人は近寄ってこないこの酒場。
しかし酔えるだけありったけ酒を飲み干すのが大好きな探索者の面々は、酒がない店には寄り付かない。
つまりは探索者向けにも一般人けにも作られていない絶妙なバランスでこの店は繁盛していないのだ。
料理は美味しいんだけどね、何せ雰囲気がね。
僕は料理をテリオマと共に一頻り堪能した後で、もう一度彼等に向き直った。
だから怖いって。睨むなって。僕まだ別に何も言ってないだろ?
「えっと……皆様落ち着かれては如何です?別に僕は喧嘩しに来た訳じゃないんだ。特にテリオマ」
「「ふん」」
「ハモったし」
どうしよう、このまま話を続けるべきなんだろうか。どうなんだろうか。
続けないと話が進まないんだが。
「さ、早速本題に入りましょう。この土地を買取ってギルドハウスにした……」
「うわぁぁぁぁあああん!」
「おいステイラ!女の子を泣かせるとはどういう事だ!」
「うちの店は確かに繁盛していないけれども……」
僕が告げると同時にタルヤが泣き出し、テリオマが庇い、マリヤが色々とごね始めた。
それを見て僕は一言、大きな声で言った。
「人の話を最後まで聞け!」
*
店の狂騒ある程度まで落ち着き、僕はやっと一息吐く事が出来た。
どうなってんだよ。
「ええと、もう一度言いますけどね。僕は何もあなた達に立ち退けって言ってる訳じゃないんですよ。ギルドハウスにした後でもあなた達はここに住んでいいですし、娘さんの夢である探索者の集まる店ってのも叶うようにします」
「何故それを……」
「見てりゃ分かりますよ」
というかわかり易すぎるぐらいだ。
探索者を集めるような設計に、彼らが好むスパイシーで野性的な味付け。外観も頑張ってそれに寄せようとしているのだろう。
これを見て、ここには高級レストランを……とか言われても逆に困る。
「お2人にはギルドハウスに備え付けられた酒場の従業員として雇われて欲しいんです。住み込みの。もちろん給料は払いますし、食材や酒などもこちらで用意します。手が足りないなら追加で人を雇いますし、雰囲気もなるべくこのままに」
「これ以上ないってぐらい好条件ですし、何故そこまでとも思います。詐欺を疑ってしまう程」
「お母さん!?」
マリヤがこちらに向ける視線は、先程の敵意とは打って変わってるのもも、やはり猜疑。疑いの色が強かった。
ま、当然だろう。上手い話には裏があるものだし、僕だってこの条件でなんの処置もせず彼らを雇うつもりもない。
それだと将来的には得でも、先に資金が尽きて終わるだろう。大見得切ってはいるものの、別に僕だってそこまで金持ちじゃないしね。
「そこで、条件を付けようと思います」
僕がそう宣言すると、マリヤとタルヤは体を強張らせた。無茶な要求をされると思っているんだろうが、そんな事は無い。
一見すると無茶な要求ではあるものの、多分飲める……というより飲んだ方が得な条件だと思うのだ。
「この土地を無償で買い取り……つまりは譲渡してください」
「ステイラ!?」
「巫山戯ないで下さい!」
叩かれた机が衝撃を伝え、食器がカランと音を立てる。手、痛くないのだろうか。
「まあ落ち着いて、一見滅茶苦茶に見えるのは分かるよ。でも考えれば君たちに得しかない。いや、そういう条件にする」
「と、言うと?」
「娘さんは聞く気ですが、マリヤさんはどうします?」
「……続けてください」
よろしい、とばかりに腰に深く腰掛け、鼻息を鳴らす。
「まず、何故この条件なのか。理由は簡単。君達にこれからするであろう多額の支援に加えて土地まで買ったとなると、大損では済まなくなるからだ」
「なら、別の土地を買えばいいじゃないですか」
「残念ながら土地と味だけはいいこの店の場所は譲れない条件なんだ」
ここは大通りの十字路、その角に位置する酒場である。要はここに大きな建物があれば、非常に目につく。
本当に、こだわりが強かったんだろう。この土地も安く無かろうに。
しかしこうして経営難に陥っているなら結構。不幸を利用するとでも何とでも言うがいい。
「今、ここにおわす方は勇者テリオマ。僕が君たちにすると約束した成功と、ギルドハウスの酒場スペースの確保。そして材料の調達。資金援助。これらを満足に行わなかった場合、彼が黙っちゃいないでしょう。どうせ弱みに付け込まれて二束三文で買い叩かれるぐらいなら、勇者というバックを得て共に成功をつかもうじゃないか」
「そんな手口には乗りません」
マリヤはきっぱりと。そう口にした。まあ、正常な判断ではある。
僕も同じ立場だったら、こんなに怪しい話には乗らない。その裏に勇者がいても、それが本物か、グルかどうかの判別さえできない状況で即決?ありえないだろう。
が、しかし。
ここの権利者はあくまでタルヤ。彼女が僕の話に乗るなら、鶴の一声だ。
勇者テリオマの名のもとに僕は彼女に対して提示した条件に従って援助し、彼女は僕にこの土地を譲渡する。
そしてこういう時にタルヤは、乗ってくる。
「いいでしょう、親と勇者の名に懸けて、私の成功を約束してください。代わりにこの土地を差し上げましょう」
「約束するとも」
こうして僕は、ひとまず無償でギルドハウスを手に入れたのだった。
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