第4話:優しい司教様
僕がとった宿は今まで泊まっていた『カラマ亭』より数段ランクの落ちる宿だ。
名前は『テラの宿』。気のいいおっちゃんがやり繰りする少々高めの良宿だ。
探索者御用達の店であり、2級ぐらいの探索者はこの宿を良く使う……と言うのは事前のリサーチ情報。
探索者割引なども存在し、暫く泊まって落ち着くには最適と言える。
追い出された時にどの宿に泊まるかも当然決めていたので、問題は無い。
他に面白そう……もといきな臭い宿もあったのだが、想定外が発生した以上安全策を取るのがいいだろう。
「そう、ここまでは相手の既定路線だ。協会からの追放は恐らくピクトル一人でやったことだし、テリオマは多分話を聞いてくれる。うん、大丈夫そうだな」
そんな宿の端の部屋。その中に備え付けられたベッドの上で、僕は現状を再び見つめなおした。
ここですっぱり探索者をやめるという選択肢がないわけではない。
僕は一番楽で一番楽しいからこの仕事に就いただけであって、探索者が幅を利かせるこの都市を出れば簡単に職に就けるだろう。衛兵でも料理人でも鍛冶職人でも、だ。
しかしそれは今まで築き上げた全てを、すっぱり諦めるという事になる。
それは英雄の更に上、底知れぬ人外達の一員たる特級の地位をかなぐり捨てて、おめおめと逃げ出すことだ。
そんな僕の姿を見て何と言う……いや。なんと笑うだろうか。
やはり奴はパーティを追い出されるに足る腰抜けだった。弱者にはお似合いの哀れな姿だ。探索者協会からも追放されたらしい、癇癪でも起こして除名になったんだろう。
人の評判は一度落ちれば、否定材料がない限り落ちるところまで落ちる。
テリオマは僕を追放したとはいえ基本は良い奴だし、必死になって否定するだろうが無駄だ。追放した本人が僕を庇えば、僕の地位は更に貶められ、彼の地位すら危うくなる。
地位や名誉によって出来る事は、大抵の場合僕にも出来る。例外も少しばかりあるが、それらを使って出来る事と僕のやりたいことは完全にかけ離れているのだ。
だからこそ僕はあまりそれらに拘りはしないのだが、しかし。
僕は今の立場が嫌いじゃない。街を歩けば先日の様に、すぐ決闘を申し込んできたり、襲ってくる輩がいる。だから迂闊に街をウロチョロしたり、ショッピングに興じることが出来ないのは少しばかり不便だ。
だが、敬われたり弟子にしてくれと頼まれたり、貴方に憧れて魔術師になりましたなんて言われたら、僕も人間だ。すごくうれしい。
そうつまりは、ここで僕が去ればテリオマも僕も貶められ、戦って勝利すれば陰謀に打ち勝った強者として彼らの記憶に残るだろう。
僕を慕う人々の記憶には僕は言い訳と実力詐称だけが取り柄のペテン師と映り、やがて僕のことを軽蔑するようになるだろう。
それは、いやだ。
つまりここで僕がやるべきは、徹底抗戦だ。去るにしても、勝って去る。
「よし、言い訳と自己弁護は終わり。僕は自分に出来る事をやらなくちゃ……」
バンっと音がして宿の扉が開いた。
乱暴な開け方だ、しかし待ち望んだ音でもある。
「マルハ!待ってたよ」
「……待たれても困る」
張っておいた予防線が、僕の元に訪れた。
*
「思ったより早くてびっくりしたよ」
「飛んできたから……」
ほう。王都のアイドルに大急ぎで駆け付けられるとは、僕もなかなか罪な男だな。
「勘違いしないで。あなたの為じゃない」
「わかってるよ。君はそういう人だ」
ベッドの上で不機嫌そうに貧乏ゆすりをするこの女性こそ、勇者パーティの回復の要。聖者のマルハである。
ユグドラシル西方教会の遊司祭の位をこそ与えられているが、面倒くさがりで司教としての役割を果たすことは殆どない。
無口、不愛想。しかしこと回復魔法に関してのみだけは、僕ですら一歩及ばないだろう。彼女の実力はそれ程のものだ。
何せマルハは心臓が止まり、息の根が止まった相手ですら、蘇生させることが出来る。勿論死後数分経てばそれも不可能になるが、それが出来るという事が彼女の凄まじさなのだ。
とはいえ本人はあまり自覚が無いようだけど。
「こんなの残して何のつもり」
「勿論、君がここに来てくれるのを期待したのさ。実際来てくれたし」
「他の人が先に読んだらどうする」
「ありえないね。君が一番に読むし、君は絶対に読む。もし君以外が見てもいいように対策は打ってるし」
僕の部屋に残した手紙には一言。
『何かあったら連絡を頂戴』と書き、宿の場所を同封しておいた。
本来は別の時に役に立つ予定だったが、それが狂ってしまった。まあ予防線としては機能したから問題ないんだけどね。
彼女が最初に読むと思ったのは簡単な理由だ。
彼女は面倒くさがり屋だが、とてもやさしい。
その美しく無気力な顔面の奥にどす黒い本音が眠っているという事も無く、彼女はただ困ってる人を見捨てられない。
だから僕の部屋を率先して片づけるだろうし、手紙もしっかり読むだろう。なぜこんな手紙を出したのかを調べ、確認が取れたら僕を助けに来る。
そういう面倒くさい性格の彼女だからこそ、ファンが多いんだろうし、僕も彼女を心から信頼できるのだが。
だからこそ勇者パーティの中で最も僕を嫌っていただろうに、僕の事も見捨てられずに助けに来たというわけだ。
「何があったの?」
「君のパーティの盗賊が僕を探索者協会から除名する手助けをしたって話さ」
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