第2話:殴り込み
「なんで僕の事除名したの?」
僕は基本的に怒らない。
怒っても意味が無いし、怒るほど感情が揺さぶられることなんてほとんど無いからだ。
だから怒りやすい人間に対して興味は抱けど理解しようとは思えない。
相手の失敗や失言によって相手が無価値に成ったのならば切り捨てればいいし、そうでないなら、そうで無くする事が出来るのならば、ただそうすればいい。
怒ってただ相手を無為に怒鳴りつけるのは非常に怠惰な行いだ。期待を裏切った相手が悪いのではなく、期待し過ぎた自分が悪いのだと気が付いていないのだろう。
だが、今僕は多分、恐らくだが、俗に言うと、怒っている。
感情的になっていると言い換えてもいいだろう。論理的な視点から最も外れた視点で物事を見ている。
気付いたのはたった今だ。除名されたと、そう口にすることで、やっと自分がやり場のない怒りを、原因不明の怒りを心のうちに抱えているのだと自らに理解させることが出来た。
僕に有るまじき愚かな思考回路だ、気付くのも、気付いた後の思考ですら無駄が過ぎる。
しかしこのまま感情に流されてしまいたいという強い欲求が自らの身に芽生え始めているというのもまた、事実だった。
何故人が人に対し怒りをぶつけるのか。
それが少しだけわかった気がした。
「勇者パーティから除名され、多くの探索者から疎まれる貴方を協会に置いておくメリットがないからです。今迄勇者パーティの末席に加えられていたから許されていた傍若無人っぷりも、除名されれば許されない。わかりませんか?」
「つまりは目の上のたん瘤を消し去りたいって訳だ。いいよ、別に。ただ理由付けがお粗末すぎるね。僕はそこら辺のハンターより弁えてる。傍若無人だって?冗談よしてほしいよね」
「客観的視点から見れば、あなたは立派に探索者ですよ」
目の前に座る細身の男は、そう言ってのけた。
「……とにかく、除名は覆りません。部外者は帰りなさい。それとも実力行使がお望みですか?」
「なんでそんな物騒なことしなくちゃいけないのさ」
彼はカンパ二エル・エルメスティ。紛う事なき小物であり、またこの王都クレアドール唯一の探索協会の支部長でもある。
貴族位を得るために探索協会の奥深くに擦り寄り、支部長になって名誉貴族の位をもらい、それだけでは飽く足らずこの国の正式な貴族位を新たに獲得しようと画策している。
権力で着飾っていないと不安でたまらないのだろう、全くもって情けないことである。
実力は確かに高い。僕よりは数段落ちるものの、高いレベルで様々な魔法を操ることの出来る熟練の探索者であり、現役を退いてもなおその威光は留まらない。
『七色』、カンパニエル・エルメスティ。協会公式指標では魔術師としては最高位レベルの超一級探索者である。
五級から四級、三級、二級、超二級、一級、超一級、特級、絶級、神級という指標なので上から4番目だ。
存在するだけで尊敬の対象、英雄のごとき賞賛を浴びる存在の一人が、彼のような小物である事に少々複雑な思いもあるが、こんなだからこそ超一級にまでなれたのだろうという納得もある。
ちなみに僕は特級。勇者であるテリオマは絶級である。勇者パーティとその仲間は、強制的にそれらの位に引き上げられるのだ。
僕みたいな若くて才能のある自分の上位互換みたいな存在が自分より先のステージに上がっているのを見るのはさぞ不快だったことだろう。
だからこうして仕返しをされたんだろうけど。
逆切れもいいところである。
「僕は探索者協会に恩がある。今すぐ除名を取り消せば、今まで通りの関係は続けられる。今回のことも綺麗さっぱり忘れよう。ただし取り消さないなら……後悔するよ」
「脅しですか?」
「いや、違う。僕は今怒ってるんだ。論理的じゃないし説教するわけでもなく、感情的にね」
「それは、どうして?」
「エルメスティさんに仮にも僕の友人のテリオマの名を良い様に使われていること、僕を個人的な嫉妬で除名しようとしている事とか」
正々堂々、全力で僕を潰しに来るのではなく、勇者の名を盾に自分は安全圏から目につく人間を攻撃する姿勢にいら立っているのかもしれない。
僕に対する個人的な感情を履き違えて、自らの権利を濫用して僕を貶めようとしていることに不条理を覚えているのかもしれない。
もしかしたら単に、思い通りにいかなくて癇癪を起しているだけなのかもしれない。
なんでもいい。ただこうも怒るという事が、不快であるという事が大きな感情だとは知らずに持て余している。
つまりはここに来て僕は、予想外の連続に戸惑っているのだ。
「しかしここに来たという事は、全部わかっているのでしょう?貴方は警告に来たんだ。神算鬼謀、『万王』」
「わからない事だらけだよ、エルメスティさん。僕みたいな若造には、ね」
「いいえ、あなたの眼は誤魔化せないでしょう。気付いているんでしょう?協会からの除名を求めたのは勇者パーティのピクトルだと」
「おい、バらさないって話だったろ?」
「どうせばれてます、自分から言った方が都合が良い」
支部長室の後ろの扉からピクトルが出てくる。なるほど、予想外の中では最もあり得る。だが、不意を突かれたことには間違いないだろう。
先手を取り、主導権を握る。交渉の基本だ。流石に長年小物をやっていただけあるな。わかってるじゃないか。
そして僕も察した。このまま続けても埒が明かない。今日の僕は少し、おかしい。
僕はソファから立ち上がると、二人に言った。
「帰る、また来るね」
「おい、もう帰るのかよ。恨み言の一つも言わねえのか?」
勝ち誇った笑みをこちらに向けるピクトルを無視し、俺は彼らに背を向け、扉に手をかけた。
「また来てくださいね、今度は客人として」
爆発しかける怒りを抑えるのに必死だったことは、言わずとも理解できるだろう。