第1話:まさかの除名
なるべく禍根を残さぬよう、一足先に宿に戻った僕は、ポケットマネーとダンジョンで取った遺物の整理をしていた。
衣食住は金で何とかなるし、衣類は全部持っていく。ならば持っていけない遺物や金銭、今まで部屋に置いていた大きな荷物は彼らに残していこう。
捨てるのも面倒な遺物の数々を善意の名の下に押し付けられるとかそんなこと全然これっぽっちも思ってない。思ってないったら思ってない。
さて、こういう時は持っていくものだけ決めて後は見て見ぬふりというのが正しいだろう。
全部見て全部に判断をつけると余計な時間を食う。
絶対に持っていくのは俺の普段使いと身の回りの装備だろう。順にみていく。
『天の主たる権限』とは僕の使う遺物の指輪の名である。
階級は『特異』。『伝説』や『神話』には劣るものの、それら眉唾と比べるなかれ。これは確かにここに存在する、間違いなく一級の品である。
売れば豪邸が立つレベルで。
こいつとの出会いは数年前。勇者と出会って初めてのダンジョン探索だった。
勇者パーティは僕を入れて順調になった探索で調子に乗って、彼らは無茶な突撃をしてしまう。
俺は止めたし、不可能だと思った。しかし彼はその反対を押し切ってそのダンジョンの攻略をやってのけた。その時に思ったのだ、「自分よりも弱いこいつが勇者たる所以はここにあるのだ」と。
当然ボロボロになって帰ることになるのだが、彼らがその時に取ってきてくれたのがこれ。
まあ簡単に言えば思い出の品であり、僕が彼のことを認めるきっかけとなったものである。
美しく光を反射する緑色の魔石が埋め込まれた指輪を見たとき、それはもう喜んだ。だって初めて自分のことを知った奴が自分に豪邸が立つような価値のものを命懸けで取ってきてくれたんだ。
彼らの行動は愚かしいにも程があったが、その時の僕はそんなことに気ならないぐらい喜んでいた。
それからずっと、寝るときにもこれをつけている。
そしてこの指輪、綺麗なだけではなく、効果も一級だ。
魔力の過剰増幅や制御を超高い精度で補助してくれる。この指輪なくして僕はないと言っても過言じゃないぐらい、こいつには助けられたのだ。
次、『転生王の加護』。一度だけ即死級の攻撃から身を守ってくれるマントである。守った後はボロボロになるが、高い自己修復能力で数秒後には元に戻る。
一見無敵なこのマントだが、連続使用すると修復能力がどんどん落ちていくという欠点というか制約もある。
だから調子に乗って敵の猛攻を食らいまくってたら普通に死ぬ。具体的には10回ぐらいで。
しばらくすれば再生能力も元に戻るが、まあ超強力なマントには違いあるまい。
これも持っていく。
あとは『災戻しの蛇皮』、『浄魔の雨灰』、『底無し鞄』略してポーチなど。
「厳選すればそんな量にはならないな。知ってたけど」
今日僕がこのパーティを追放されることに大きなショックを受けるかと言われれば、受けている。
いずれ追い出される可能性があるのは予想できたし、持っていく荷物や去り際に吐いたセリフは全て後のための伏線に過ぎない。
全てが予想の範疇、驚きなどこれっぽっちもないと言っていいだろう。
が、感情と理屈は別腹。
僕にとってあの場所は、想像以上に居心地がよかったのかもしれない。
「次はもっと、うまくやらないと」
僕は黒い手袋をつけた右手を閉じたり開いたりしながら、体に力を入れていく。ルーティーンって奴だ。カッコいいから習得したら、なかなかに使い勝手がいい。
そのまま椅子から立ち上がり、窓から脱出。支払いは宿に帰った時に全て済ませてある。
ここは三階、並みの魔導士なら飛び降りる事など不可能だろうが、俺は別に体が弱かったり運動が出来ないから魔導士になったわけではないのだ。
僕は窓のふちに手をかけてそのままダイナミックに飛び降りようとして……
「……危ない、忘れるとこだった」
ギリギリで踏み止まった。空中だから踏み止まるって表現は少しばかりおかしい気がするが、とにかく僕は落ちるのをギリギリで止めたのである。
理由は単純。この部屋に置くつもりだった最後の伏線を仕込み忘れたからだ。
腰からカサリと小さな音を立てて取り出したるはただの手紙。封もされておらず、いかにも急ごしらえな置手紙である。
もちろんこれはこういう事態に陥った時のためにあらかじめ作っておいただけなのだが、そんな無粋なことをいうべからず。
僕は今度こそ地面に飛び降り、完璧な受け身をとる。うん、どこも傷まない。
「さて、仕込みも終わったしレッツ転居……と言いたいところだけど」
物事がうまく進まないのは、たいていの事象においてそうである。ギャンブルで勝ちに乗ろうとして負け越したり、外に出ようと思った時に限って雨だったり。
しかしそれを最小限にすることは可能だ。例えば今、この時のように。
「ピンとクレイアとステイミー。スラムでは有名な強盗三人衆で、最近裏組織に加入しようとしている」
「!?」
ピンク色の髪をした痩せた男が、びくりと肩を震わせる。こいつが
会話、戦闘、脅しあい。大抵相手と何かを戦わせるとき、先手必勝の原則が崩れることはない。
もっともそれは先手と呼べるだけの攻撃力を持った一撃を最初に相手に当てられるか、が重要なのであって、馬鹿みたいに先手を取って殴りかかりゃあいいってものじゃない。
そしてこの脅し合いにおいて俺は、先手を取ったと言える。
「魔導士崩れの無職が、夜に出歩いちゃ危ないぜ……?」
「無職……?僕はまだ探索者だよ。勇者パーティを抜けはしたが、この稼業を辞めた訳じゃない」
嫌な予感がした。まさか探索者協会が、そこまで愚かだとは思いたくなかった。
「馬鹿だなお前。お前は除名されたんだよ。探索者協会を、な」
僕はその時、生まれて初めて完全な想定外を知った。