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86話:人工精霊

久々の更新です。

魔石屋三巻は7/15日発売予定です! 九割書き下ろしの書籍オリジナルストーリーとなっておりますのでよろしくお願いします!



「け、毛玉を儂の研究所に入れるな!」


 小屋に入ろうとした途端、そんな声が響くので、サンドラがため息をつきながらアレクの肩から飛び降りた。


「……あたし、外で待ってるから」

「大丈夫? さっきの変なのがまたいたら……」

「うーん。さっきはびっくりしたけど、あれ多分、魔物じゃないよ」

「へ?」

「ま、とにかくあたしは大丈夫だから。さっさと話をしてきて」


 そう言ってサンドラがトコトコと小屋の扉から出て行く。


「やれやれ……」


 アレクは少し心配しながらも、小屋の中へと足を踏み入れた。そこは研究所というよりも、おとぎ話に出てくるような魔女の部屋と形容する方が相応しい場所だった。床には光る石やらキノコが散乱しており、壁際の棚には見た事のない動植物が瓶詰めされており、何かの液体に浸かっていた。更に奥には巨大な釜と、その隣には何やら複雑な機構を宿した機械が設置されていた。机の上には書き殴った跡がある羊皮紙やスクロールが積み重なっている。


「全く……あんな毛玉を肩に載せて歩くなんてどうかしておる! やっぱり頭がおかしいんだ」


 そんなことをブツブツ言いながら、物影から出てきたテオフラスがアレクへと視線を向けた。


「えっと……僕はアレクです。ニールさんに言われて来たのですが。これは手土産です」


 アレクがモカ茶の豆の入った紙袋を渡すと、テオフラスは無言でそれを受け取って、机へと放り投げた。


「ニール? 誰だそいつ」


 テオフラスが初めて聞いた名前だとばかりにそう言うと、横にあった釜の蓋を開けた。


「え? いや……ってうわああ⁉」


 釜の中から、先ほどいたあの蛇猫のような奇怪な生物が何匹も這い出てきた。カラスの身体に白鳥の頭がついていたり、トカゲの身体に甲虫か何かの頭がついていたりと姿は様々だ。だが、やはりどう見てもそのおぞましい姿は、魔物にしか見えない。しかし、それらは威嚇しながらテオフラスの全身にまとわりつくも、攻撃をするような様子はない。

 

 そういえば、さっき倒してしまったあの蛇猫からも、悪意や敵意は感じなかった。


「怖がることはない。これらは儂の傑作である〝人工精霊〟だ。君は当然、精霊についての知識は持ちあわせているのだろう?」

「えっと……精霊ってのは自然現象が具現化したもので、有名なのは竜骨山脈の氷精ですね。分類としては魔法生物に属されていますが、今でも研究者の間では、生物か否かの論争が絶えず、謎の多い存在である……ですよね?」


 アレクがそう答えると、テオフラスが肩をすくめた。


「つまらん答えだ。だが、悪くないとだけ言っておこう。精霊は魔法生物であることは間違いない。なぜなら――ほら」

 

 テオフラスがそう言って、一匹の人工精霊を足で踏み付けた。すると、それは悲鳴を上げ、やはりさっきの蛇猫と同じように死体を残さず溶けるように消えた。


「今の反応を見たか⁉ 消滅する際に僅かなマナを放出している。つまり、精霊とはマナによって構成された存在であり、それは定義上では魔法生物なのだよ」


 言われてみれば確かにその消え方は、魔術で具現化した物が、魔力が切れて消えてしまう時とよく似ていた。


「そもそもだ、アレク君。魔法生物とは造られた存在なのだよ。明らかに生物とは違うだろ? 自然発生したのは不自然極まりない。おそらく古代の超文明によって造られたに違いないさ。それが悠久の時を経て、現代まで残っていた」


 話が見えてこないアレクは曖昧な笑みを浮かべたまま、帰ったらニールに少しだけ文句を言おうと決意した。


「つまりだ。精霊とは造られた存在であり、ゆえに――造れる」


 テオフラスが目を細め、そう断言した。そこでアレクはようやく理解した。彼女にまとわりつく奇怪な生物達。人工精霊という名称。何より、看板に書いてあった――〝人工精霊研究所〟という言葉。


「なるほど……つまりテオフラスさんは人工的に精霊を造ろうとしていると」

「そう言っているだろさっきから」

「いや、全然」


 アレクがそう言うとテオフラスが首を傾げた。


「そうか?……まあいい。とにかくそういうわけで儂は忙しいのだ。さっさとあの毛玉を連れて帰れ。くしゃみは出るわ、身体は痒くなるわで、あんな毛玉がいたら研究にならん」

「はあ……でもその人工精霊達は大丈夫なんですか?」


 アレクは、テオフラスの肩に乗った、犬とカマキリが合わさったような奇怪な生物を見て、訝しがった。サンドラと同じかそれ以上にモフモフしているが……。


「精霊なんだから、いくらモフモフしても毛は抜けないんだ! とはいえ、まだ未完成でな。特殊な環境下でないと――ほら」


 そう言って、テオフラスがその人工精霊を撫でようとして触れると――やはり先ほどと同じように溶けるように消えた。


「こちらから触れると形を維持できずにすぐに消えてしまう。向こうからくっついてくる分には問題ないのだが……」


 テオフラスはそう言って、人工精霊達を再び釜の中に戻し、蓋をした。


「ああ……なるほど」


 あまり多くはないが、この王都にもサンドラや犬猫といった動物の毛に身体が過剰反応する体質の人がいると聞いたことがある。きっと彼もそうなのだろう。


「もしかして……モフモフしたくて、人工的に精霊を造ったんですか」


 アレクがそう言うと、テオフラスが光の速さで顔を逸らした。


「そ、そんなわけないだろ! 我が崇高なる研究がそんなくだらない目的の為のあるはずもなく!」

「図星ですね。……とにかく、僕はニールさんに言われた通りにしたのでもう帰りますね」


 アレクがそう言って、テオフラスに背を向けた。多分、彼は凄い人なんだろうが、この短時間の会話で既にアレクは疲れきってしまっていた。


 そうしてアレクが扉へと身体を向けた時。腰にあった短剣がテオフラスの目に映った。その短剣の柄に埋まっている魔石が、彼の視線をくぎ付けにする。


「っ! それは! 君、ちょっと待ちたまえ!」


 テオフラスが、身体から人工精霊達が振り落とされるのも無視して、見た目に反して素早い動きでアレクへと迫る。


「な、なんですか⁉」

「こ、これがまさか……魔石か⁉」

「え、ええ。そうですけど」


 腰にしがみついてくるテオフラスの鬼気迫る様子に、アレクは身動きが取れなかった。


「す、素晴らしい! なんだこれは! これはまさしくマナの結晶! どうやればこんな純粋な形でマナを固定、具現化できるのだ⁉ 君、これをどこで手に入れた⁉ やはり例の魔石師からか⁉」

「あ、いや、だから僕が――」

「魔力に変換することなくマナのままこのような形にするとは見事……一体どうなっているんだ。しかし、このマナの根源もどこか人為的な匂いがするな……どういうことだ? これじゃあまるで魔術師をそのままマナに変換したような……いや、そんなことは不可能だ」


 アレクの言葉に聞く耳持たず、テオフラスがブツブツと呟く。


「はあ……だから、僕がその魔石師ですって。ニールさんに、魔石師を紹介しろって依頼されましたよね?」


 アレクが苦い表情でそう告げると、そこでようやくテオフラスが目を魔石から放し、アレクへと向けた。


「君が? 魔石師? まだ子供じゃないか」


 テオフラスの小馬鹿にしたようなその言い方にアレクがムッとする。アレクは思わず頭を抱えたくなる衝動を必死に抑えて、さてどうしたものかと考え始めた。いくら口で自分が魔石師だと言っても信じなさそうな気がするので、もう義務は果たしたことにして帰ろうかと思い始めた時――床に転がっている光る石が目に映る。あれは――。


「テオフラスさん、それって、魔物の核じゃないですか?」

「ああ、そうだが。これを元に人工精霊を造っている」


 そんな大事な物を床に転がしておくな、と言いたい気持ちをグッと我慢して、アレクがそれを拾い上げた。


「これ、お借りしてもいいですか?」

「かまわんよ。在庫なら沢山ある」


 その言葉を聞いて、アレクはその歪な形をした透き通った石に魔力を込めていく。


「おお! まさか!」


 驚くテオフラスの前で、アレクは魔石を生成する。魔物の核は魔石の材料となるミスリルとしても最も適しているものの一つだった。


「出来ました。【マナ生成】の魔石です」


 アレクが手のひらの上に生成した緑色の魔石をテオフラスに見せると――


「す、素晴らしい! 本来ならマナを魔力に変換するところを、逆に魔力を純粋なマナの形にして具現化させるとは! 一体どういう技術なんだ⁉ ちょっと見せてくれ!」


 テオフラスがアレクから手渡された魔石へと、右目の片眼鏡を弄りながら観察し始めた。


「えーっと。とりあえず僕が魔石師だと言うことは信じてくれますか?」

「当たり前じゃないか! いやあ素晴らしいなあ。これさえあれば人工精霊は完成するかもしれん」


 テオフラスが魔石に夢中になっているのを見て、アレクはある意味、ここまで魔石を作ったことを喜んだ人はいなかったな、と苦笑してしまう。


「それ、差し上げますよ。材料はそもそもテオフラスさんのですし。使い方は――」


 そう言ってアレクが説明すると、テオフラスは子供のように目をキラキラさせてアレクの言葉を聞いた。


「なるほどなるほど、無機物に取り付けることで効果が発揮すると……。不思議な条件だ。なぜ一度無機物を介する必要があるのか調べる必要があるな。そうか……人工精霊ならばそもそも無機物と定義され、組み込むことが可能かもしれない……素晴らしい! これは素晴らしい前進だ!」


 アレクの手を取ってブンブンと振り回すテオフラスを見て、アレクはとりあえずニールの依頼はこなしたとみなして、今度こそ帰ろうとした。


「で、では、僕はこれで――」

「待ちたまえ」


 しかし、帰ろうとしたアレクの手をテオフラスが掴んだ。その顔には満面の笑みが浮かんでいる。


「君を弟子だと認めよう。これから毎日ここに来るように! でなければ、儂の過去のくだらない研究成果について、全世界に公開するとあの守銭奴に伝えたまえ」

「ま、毎日ですか……? 僕も店があるので、毎日は……」

「ならば、ニール君とバガンティ商会は困るだろうなあ……可哀想に」


 さっきまでニールなんて知らないと言っていたくせに! と言いたいのを我慢してアレクは引き攣った表情のままテオフラスを見つめた。


「なあに、君の力があれば人工精霊の完成も間近だ! それまではよろしく頼むよ――弟子君。君の活躍に、今後のバガンティ商会の未来が掛かっていると言っても過言ではない」

「あはは……」


 やんわりと脅されたアレクは、テオフラスの弟子に無理矢理され――そして大いに振り回されることになる。


ちなみにテオフラスさんは書籍三巻では違うキャラになっています。どう違っているかは……読んでのお楽しみです。


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