85話:テオフラス
王都北部――〝貧民街〟
「なんか雰囲気悪いわね」
物乞いが死んだような顔で座っている狭い路地を見て、アレクの肩に座るサンドラが思わずそう口にした。
「サンドラ、あまり大きな声でそれを言わない方がいい」
アレクがそう窘めるも、同じ感想を抱いていた。魔石屋がある南西部と違って、ここは貧しい人々のたまり場であり、半裸の子供達が物陰からこちらを虚ろな目でジッと見つめていた。
「……早く行ってさっさと帰りましょ」
「そうだね」
アレクは、ニールに教えてもらった住所へと向かう。路地を抜けるとその先は荒れ地になっており、ゴミやら資材やらが放置されている。その先には小さな小屋と城壁しかない。そこはまさに王都の北端であり、用がなければ来るところではない。しかし書かれている住所は何度読み直しても、ここを指し示していた。
「ってことは……アレ?」
サンドラが爪を向けた先には、小さな小屋があった。
「しか、ないだろうね」
その小屋はボロボロであり、突き出た煙突からは緑色の煙が出ていた。良く見れば、継ぎ接ぎだらけの看板が雑に地面に置いてあり、そこにはこう書かれていた――〝メリクリウス人工精霊研究所〟、と。
「なんか……ヤバそうな雰囲気」
「……帰りたい」
アレクがそう言うものの、ニールと約束した以上は行かざるを得ない。ため息をつき、腰に差した短剣の柄に右手を置いた。この辺りは治安が悪いので、念の為だ。
恐る恐る近付くと――屋根の上から何かが降ってくる。
「へ?」
「キシャアアアアア‼」
それは、猫の身体に蛇の頭と尻尾がついた、謎の生物だった。それは地面に着地すると、威嚇しながらアレクへと飛び掛かってくる。
「ま、魔物⁉ なんで王都に!」
「アレク、危ない!」
「分かってる!」
サンドラの鋭いを声を聞いて、アレクは素早く短剣を抜刀。刀身を迫るその蛇猫とでも呼ぶべきものに向けた。その動きは素早く、無駄がなかった。
「――【ライトニングレイ】」
【雷属性魔術】の魔石の効果によって雷撃が短剣から放たれ、その蛇猫へと直撃。
「グニャア……」
すると、その蛇猫はまるで溶けるように消滅した。それは、魔物だったとしても不自然な消え方だった。いくら常識や理屈から外れた存在である魔物でも、死体ぐらいは残るものだ。
「え? 何今の」
「……分からない」
分からないが、あんな存在がいる時点で、ここが少なくとも前準備なしで来るところではないことは理解した。
「……いったん戻るべきだ――」
と、アレクが引き返そうとした途端、小屋の扉が勢いよく開いた。
「あああああ‼ 実験体二百五十二号が‼ 貴様、実験体二百五十二号に何をした⁉」
そんな叫びと共にアレクに詰め寄ってきたのは、フードを被った老人だった。あちこちに跳ねている銀髪は長く足首まで届いており、紫色の瞳を持つ右目には何やら見たことないの器具がたくさんついた片眼鏡を装着していた。
「えっと……実験体二百五十二号……?」
サンドラが顔を引き攣らせながら、そうその銀髪の老人に聞き返した。
「そうだ。ちなみにサンプル名は〝ヘミくん〟だ。ふふふ……蛇と猫だからヘミ……ふふふ」
自分の言ったことに対して笑う老人を見て、アレクはすぐにその人物が誰か推測がついたのだった。
「……えっと、もしかして貴方がテオフラスさん?」
その姿といい、言動といい、どう見ても、ニールの言っていた奇人変人の類いだ。
「ん? 儂をテオフラスだと分かっていてここへやってきたのか? お前、頭大丈夫か? 診てやろうか?」
どこから取り出したのか、右手にメスを構えたその老人――テオフラスがアレクの頭を掴もうとする。
「アレクの頭は大丈夫よ! あんたはなんなのよ!」
サンドラが威嚇すると同時に、テオフラスが伸ばしていた右手を引っ込め叫ぶ。
「ぎゃあああああああああ⁉ 毛玉だ! 毛玉がいるぞ! しかも喋った! ひいいいいいいい」
まるで恐ろしいものを見たかのように、テオフラスが怯え、小屋の中へと飛び込んだ。
「……えっと?」
呆気にとられたアレクがどうしたらいいか分からず、その場に立ち尽くした。
「毛玉って……」
サンドラが不服そうにそう呟くも、テオフラスが出てくる気配はない。
「帰る?」
「うーん。会ったのは会ったけども、これでニールさんが納得するとは思えないなあ」
アレクは少しだけ迷うも――結局、その小屋の中へと足を踏み入れたのだった。
それが――異端の賢者テオフラスとアレクの出会いだった。
変な奴登場
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